先日、岩手県にある千田精密工業という会社を見学する機会をいただいた。同社は非鉄系(アルミやステンレスなど)の金属加工業で非常に優れた技術を持つ「知る人ぞ知る」会社である。主に半導体や液晶関連装置の部品製造を手掛けているが、その高い技術を買われ、F1のレーシングカーの部品も作っている。

 筆者がこの見学で注目していたことは二つある。一つは、技術者育成について。今回見学した工場は大槌町というところにあり、従業員50人は全員地元の人だ。つまり特別な人を採用するのではなく、OJTによって地元の人を高度な技術者に育て上げている。もう一つは、経営方針に関することだ。同社は徹底した多品種少量生産を掲げ、一品モノを得意としている。しかも他社が断るような難しい加工依頼も決して断ることなく挑戦し、成し遂げるという。その秘訣を知りたかった。

 工場に入ると、巨大な高性能工作マシンが何台も稼働しており、圧倒される。これらのマシンはコンピュータ制御だ。CADの設計図面を基にエンジニアが加工用プログラムを作成し、シミュレーションによる動作確認を経て、工作マシンでの加工が行われる。

 その一方で、最新鋭のコンピュータ制御マシンの横には、素人目にもかなり旧式の機械がある。それを若い社員が巧みに操作して金属加工を行っていた。ハンドルを握り、腰で調子を取りながら繊細な調整をしている。

 工場長に聞くとこう返ってきた。「本当の技術は頭だけでは覚えられない。コンピュータ制御のマシンだけですべての仕事ができるわけではなく、最後は人の技術が品質に大きく影響する。だから若い人には古い工作機械で基本的な作業を徹底して習得させる」。やはり基礎的な技術というのは若いうちに身につけることが重要なのだ。

 また、現場での技術習得だけでなく、積極的に国家資格(技能検定)を取得することも推奨している。受験することで客観的な技量判断とモチベーション向上を図っているという。

 多品種少量生産については、筆者は次のような質問をした。「複雑な一品モノを受託し加工するときの作業期間中のマネジメントはどのように行うのか?」。千田精密工業の仕事は、システム開発に置き換えると「難しい仕様が求められる特殊業務のスクラッチ開発を受託する」ということである。ITエンジニアならば、これがどんなに厳しい仕事であるか想像がつくはずだ。

 回答はこうだ。まず、見積もりに気を使う。工場長やその他幹部、プログラム担当などが集まり、徹底議論して見積もりを検討する。基本的にはCAD図面を基に工程や過去事例の経験から見積もるが、全く初めての加工作業も多く、実際にやってみなければ分からない部分もあるそうだ。

 次に実際の加工に入ると、いわゆるプロジェクトマネジャーに相当する技術者と上司、プログラム担当の間で頻繁に情報交換し、作業の進捗状況や当初予定とのズレを確認する。上司はほかの技術者や工作マシンの稼働状況などを常に把握しておき、スケジュールが押した場合の応援や代替策などのめどを立てておく。

 一品モノ加工の場数を踏んでいるので、新しい挑戦には全社で取り組み、ピンチのときには全社一丸となって対応するという意識が浸透している。社長の「新しい挑戦ではマシンが壊れてもいいから、やれるとこまでやってみろ」という方針を受け、現場は思い切った決断を迅速に下すことができる。それも困難な作業を成し遂げる大きな要因となっているとのことだ。

 話を聞いて感じたのは、やはり「魔法」はないということだ。メンバーの地力を向上させること、チームのモチベーションを保つこと、そして意思決定を迅速に行うことが、困難なプロジェクトを達成するのだと改めて認識させてもらった。

永井 昭弘(ながい あきひろ)
1963年東京都出身。イントリーグ代表取締役社長兼CEO、NPO法人全国異業種グループネットワークフォーラム(INF)副理事長。日本IBMの金融担当SEを経て、ベンチャー系ITコンサルのイントリーグに参画、96年社長に就任。多数のIT案件のコーディネーションおよびコンサルティング、RFP作成支援などを手掛ける。著書に「事例で学ぶRFP作成術実践マニュアル」「RFP&提案書完全マニュアル」(日経BP社)、