真因の追求や意識の共有に役立つ問題の掘り下げ力。重要性を認識していても、実際に現場の問題を深く掘り下げる作業は決して簡単ではない。身近な問題に「なぜなぜ5回」を試してみれば分かる。なぜを2~3回繰り返したあたりから、さらに掘り下げることが格段に難しくなるはずだ。

 このため、問題が発生した際に「深く掘り下げろ」とリーダーが発破をかけても、実践する機会に乏しい従業員は腰が引ける。基本的な手法を学んでもらい、普段の業務に適用する習慣が根付いて初めて、現場の掘り下げ力が底上げされる。

 掘り下げ力の強化という課題に巧みに取り組んで、現場の改善活動を活性化してきた企業がある。三菱ケミカルホールディングスの事業会社、三菱樹脂(東京都中央区)の生産子会社である菱琵テクノ(滋賀県虎姫町)だ。

疑問の分析を助けるシートを従業員が常備

 菱琵テクノは2000年に「DDK(誰でもできる化」活動」と呼ぶ、トヨタ生産方式に独自の工夫を加えた改善活動を開始した。同活動を通じて、2007 年までに在庫量を2000年時点の100分の1に減らすなど、成果を上げてきた。2008年4月に三菱樹脂の別のグループ会社3社と経営統合した際も、菱琵テクノが存続会社になるなど、三菱樹脂本体からの評価も高い。

 同社が推進するDDK活動の狙いは、熟練者にしかできない難しい工程を見直し、誰もができる「DDK工程」に改善して生産性を高めること。現場の従業員は、指示された工程をこなすだけでなく、作業工程の問題点に気づき、それを掘り下げてDDK工程に変えることが求められる。

 現場の掘り下げ力を鍛えるために、菱琵テクノは大きく3つの施策に取り組んでいる。(1)「気づきシート」の活用、(2)問題を掘り下げるモチベーションを高める改善事例発表会の開催、(3)問題を規模別に分類し、それぞれに対応する体制の整備、である。

 (1)の気づきシートとは、業務中に疑問を感じた点を記録し、その原因と対策を分析するための用紙だ(図1)。かんばん発注を担当していた従業員が考案し、2002年後半から全社規模で活用している。

図1●菱琵テクノが利用している「気づきシート」。かんばん業務の例
図1●菱琵テクノが利用している「気づきシート」。かんばん業務の例
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 このシートには、「変だな」「なぜ」「なぜ」「どうする」という4項目の枠がある。順に記入していくと、疑問を感じた現象に対する改善提案が思いつける仕組みである。

 例えば、ある原料の必要量を記録するためのかんばんが所定の置き場に見当たらず、関係ない場所に放置されている事態があった。これに疑問に感じた従業員は早速シートを活用し、「かんばんを所定の置き場に戻す作業を担当者がよく忘れる」「かんばんを利用する原料の投入場所と、かんばんの保管場所との距離が遠く、元に戻す作業が面倒である」と原因を掘り下げていった。分析した内容を踏まえ、「かんばんの保管場所を原料の投入場所のすぐ横にする」「かんばんの運用マニュアルの作成・掲示」などの改善策を思いつけた。

 気づきシートに記入する「なぜ」の分析は、基本的には2回だけ。問題の真因を探り出すには、掘り下げが足りない恐れもある。しかし、菱琵テクノの中村隆一郎取締役社長は「日ごろから問題を探し、対策を考えようとする意識が現場に身につけば十分」と意に介さない。掘り下げの深さにこだわるよりも、より多くの問題を掘り下げるほうが早くコツを修得できるとの判断だ。

 試行錯誤した時期もあった。同社はDDK活動を始める前の1995年から、「TPM」(トータル・プロダクティブ・メンテナンス)を実践していた。 TPM活動の一環で、コンサルタントからなぜなぜ5回の指導も受けていた。しかし、当時の指導を受けた落合康男・虎姫製造所加工開発課長は「実際の業務に適用すると、5回も掘り下げるのはかなり難しかった」と苦笑する。自身の経験から、「2~3回の掘り下げで考えた改善策でもある程度の効果は得られる」と落合課長は割り切った。