世界中の政府や大企業を敵に回し、ネット空間を舞台にした情報戦争を仕掛ける「ウィキリークス」。ジュリアン・アサンジ氏率いるこの非政府組織が、前代未聞の内部告発サイトを展開する狙いは何か。誰がどのように情報を漏らしているのか。なぜ、潰されないのか。気鋭の国際政治アナリストが空前の情報戦争を読み解く。

菅原 出/国際政治アナリスト

 「私はチュニジアのベンアリ政権の崩壊に心を痛めている。デモに参加したチュニジア国民はウィキリークスの暴露情報に惑わされたのだ!」

 こう述べたのはリビアの最高指導者カダフィー大佐である。

 2011年1月14日、大規模な市民によるデモや暴動を受けて、23年間にわたって北アフリカの小国チュニジアを治めてきたベンアリ政権が崩壊した。チュニジアの隣国で、自身すでに40年以上権力の座にあるカダフィー大佐は、ウィキリークスが暴露した公電が、ベンアリ・ファミリーやその政権高官の腐敗を詳細に伝えていたことから、チュニジアの民衆を反ベンアリ政権運動へ駆り立てたのだ、と独自の見方を披露した。

 実際にウィキリークスの公開した秘密公電の中には、ロバート・ゴデック駐チュニジア米大使の記した以下のような報告書が含まれていた。

 「2009年7月17日:チュニジアの経済・社会政策の進展にもかかわらず、政治的自由に関する実績は乏しい。チュニジアは警察国家である。表現の自由や結社の自由はほとんど存在せず、深刻な人権問題を抱えている…(中略)…問題点は明確である。

 チュニジアは22年間にわたって同じ大統領によって統治されている。彼には後継者もいない。ベンアリ大統領は、ブルギバ前大統領がはじめた多くの進歩的な政策を継続させているものの、彼と彼の政権はチュニジア国民の支持を失っている。ベンアリ政権は、それが国内からのものであろうと国外からのものであろうと、いかなる助言や批判をも許さなくなっている。

 そして、ますます警察力による支配に依存し、権力の維持だけに固執するようになっている。政権内部の腐敗はますます肥大化しており、もはや平均的なチュニジア人もそのことに気づき、それに対する不満の声は大きくなっている。チュニジア人は極度に大統領夫人とその家族を嫌っており、それはもう憎しみに近くなっている…(中略)…

 一方で、チュニジアの高失業率や地域的な格差に対する怒りは増大している。結果としてこの政権の長期的な安定に対するリスクは増大していると言える」

 2011年1月に実際に起きた事態を見て、1年半前に書かれたこの公電を読んでみるとなかなか感慨深い。すでにこの頃から、暴動の火種はあちらこちらで見られていたのである。

 しかし、カダフィー大佐が主張するように、ウィキリークスの公電と今回の「民衆革命」に因果関係を持たせるというのは、かなり無理があるだろう。

 なぜなら、この公電でも伝えられているように、「平均的なチュニジア人もそのこと(政権の腐敗ぶり)に気づき」そのことにすでに不満を持っていたのだから、いまさらウィキリークスが国務省の公電を暴露したところで、民衆にはさして新鮮味はなかっただろう。

 それよりもむしろ興味深いのは、ウィキリークスがこうした国際的なイベントに影響力を持とうと、国際情勢の進展に合わせて秘密公電を公開している点であろう。ウィキリークスは2010年11月28日に米国務省秘密公電の公開を開始して以来、一日に数十本のペースで文書を毎日公開し続けている。

 その公開の仕方を見ていると、最近では、国際情勢の大きなイベントに合わせるように、国際的にスポットを浴びている国の文書を優先的に公開しているように見えるのだ。例えば先のカダフィー大佐の発言が出た直後には、大量のトリポリ(リビアの首都)発の公電が公開されている。まるでカダフィー大佐の発言に反応して、リビアでも民衆革命を煽ろうとしているかのようだ。

 また2011年1月21~22日に国連常任理事国+ドイツとイランが、トルコのイスタンブールでイラン核開発問題をめぐる協議を行った際には、この重要な協議の開かれる前日に、欧米諸国の核専門家がイランの核開発状況について検討した時の議事録が公開されている。