世界中の政府や大企業を敵に回し、ネット空間を舞台にした情報戦争を仕掛ける「ウィキリークス」。ジュリアン・アサンジ氏率いるこの非政府組織が、前代未聞の内部告発サイトを展開する狙いは何か。誰がどのように情報を漏らしているのか。なぜ、潰されないのか。気鋭の国際政治アナリストが空前の情報戦争を読み解く。

菅原 出/国際政治アナリスト


公開された文書は「宝の山」

 2010年7月26日、ウィキリークスは7万5000点におよぶアフガニスタン戦争の機密ファイルを公開した。米ニューヨーク・タイムズ、英ガーディアン、そして独シュピーゲルの大手メディアが一斉にファイルの中味を紹介したこともあって、ウィキリークスの暴露文書は瞬時に世界中に知れ渡った。

 公開された「アフガン戦争文書」は、アフガニスタン駐留米軍の最前線の部隊が、日々の任務の度につけている報告書や、現地のスパイやNATO諸国の他の部隊から寄せられた情報報告など、まさに現場から上層部にあげられている生の情報であった。

 通常、アフガニスタンで起きている戦争の様子は、ジャーナリストが現地で独自に取材を重ねたり、米軍に従軍するなどして得た情報を基に書かれた記事の中から、新聞社などメディア会社の編集部が「伝える価値」があると判断したものだけが報じられ、我々一般読者の目に届く。

 「もう爆弾テロのニュースは飽きた」と編集部に判断されれば、いくら悲惨な状況が続いていたとしても「ニュース」にはならないし、欧米諸国の一般読者には馴染みの薄い地元の部族間抗争のネタなどは、限られた紙面に掲載されることはほとんどない。

 我々一般読者が目にすることのできる情報は、実際に現地で起きている日々の出来事からすれば、豆粒ほどのわずかな現象に過ぎない。

 ウィキリークスが暴露した機密文書は、米軍の内部報告書であるから、もちろんアフガニスタンで起きていることすべてを反映している訳ではない。米軍側から見た一面的な見方に過ぎない。

 しかも、現場の最前線の部隊が見たり、聞いたり、実施したことが淡々と報告されているだけで、その情報が「正確なもの」かどうかも分からない。通常は、こうした現場からの生情報が分析部門に集約され、そこで分析・評価が加えられた上で、政策立案者たちが使える形に加工される。こうしてできた情報やこの過程のことを「インテリジェンス」と呼んでいる。

 公開された「アフガン戦争文書」のほとんどの情報は、メディアを介して我々に伝えられる情報と違い、何のストーリー性もアクセントもない、はっきり言って退屈な文書ばかりだ。しかし、現地に派遣されている部隊が日々どのような活動をしているのか。誰と会ってどのような話をしているのか。現地のスパイからどのような情報を入手して上層部に報告しているのかといった、通常では決して知ることのできない状況を明らかにする情報である。ジャーナリストや研究者、情報機関のインテリジェンス分析官にとっては、願ってもない「宝の山」である。

「北朝鮮・アルカイダ武器取引」を示す断片情報も

 例えばこんな短い情報報告書がいくつも出てくる。

 「2009年4月24日:モコル地区でタリバンが支援するパシュトゥン族がZAD ALI族に報復攻撃を仕掛ける模様。バドギース県のモコル地区にいる2名のタリバンが支援するパシュトゥン族が、4月中旬にZAD ALI族に対する報復攻撃を計画した。これは去る1月末に両部族の衝突によって受けた被害に対するリベンジである。さらにタリバンの陰のバドギース知事であるムラー・モハメド・イスマイルは最近、20丁を超す中国製のカラシニコフ銃等を調達し、モルガーブ地区にいる手下たちに配っている。」

 「2009年7月11日:ワルダック県でハザラ族がクチス族から羊を強奪したことから、両部族間の対立が激化。地元のハザラ人たちが数百頭の羊を力づくでクチス族から奪い取ったことが原因である。武装したクチス人たちが続々と集結を始めており、羊の返還を要求している。」

 こうした現地の部族間抗争の断片情報などは、当然大手メディアにとっては「取るに足らない」ものであり、「ニュースとしての価値」は低い。しかし、インテリジェンス分析官たちはこうした生の断片情報を集めて分析し、より大きな背景を明らかにして、その事象が米国にとってどのような意味を持つのか、を評価している(はずである)。