前回はシナリオ思考を応用して交渉状況の全体を展望し、簡単なアクションプランを持つことを学びました。

 優れた交渉者はシナリオ思考に代表されるような大局観と行動計画を常に持っています。自分が何を必要としているか。それを現実的にどのくらいたやすく手に入れられるか。何をコントロールできるのか。何を利用できるのか。あらかじめ見極められることもあれば、交渉の真っ只中に見えてくる場合もあります。

 今回は交渉にまつわる利害関係者を洗い出し、異なる思惑や利害対立などを見ていきます。

「相手の優位」に立つこと

 さて、実はここまで暗黙の前提としてきたことがあります。それは「交渉に勝つ」とはどういうことか、ということです。ほとんどの人は「勝つ」ということについて深く考えたことがないかもしれません。

 たいていは「交渉に勝つ」とは相手を負かすこと、つまり相手の優位に立ちながら自分の利益を確保することだと思われています。これがいわゆる交渉術にまつわる万国共通の先入観です。

 この考え方は決して誤りではありません。交渉相手の劣位に立って「負け」てしまえば交渉は失敗です。おいそれと負けないためには自分のメタビジョンをしっかりと持ち、何が重要かを明確に把握している必要があります。

 しかし相手を負かしたら交渉は成功なのでしょうか。

 負けた時点で相手にとってその交渉は失敗です。では相手の失敗はあなたの成功なのでしょうか。

 ごく短期的に局所的に見れば、自分や自社が欲しいものや必要なものを確保できれば成功だと割り切ることもできます。しかし少しでも長期的に大局的に見れば、交渉相手が失敗すれば失敗するほど、それは互いの関係を悪くし、大きな意味で自分の成功とも呼べないことになります。仮に現在の一時点で相手を負かしたとすれば、将来にしわ寄せをする対人交渉になったということです。

 長期的に大局的に見た対人交渉の成功とは、実は相手のニーズや欲求を満足させ、相手に「勝たせ」ながら同時に自分のニーズや欲求を充足することなのです。

 そのためには「相手の優位に立つ」という狭い了見よりも、「相手の優位を尊重する」心構えが必要です。「相手が何を欲し、何を必要としているのか」を知ることです。