世界中の政府や大企業を敵に回し、ネット空間を舞台にした情報戦争を仕掛ける「ウィキリークス」。ジュリアン・アサンジ氏率いるこの非政府組織が、前代未聞の内部告発サイトを展開する狙いは何か。誰がどのように情報を漏らしているのか。なぜ、潰されないのか。気鋭の国際政治アナリストが空前の情報戦争を読み解く。

菅原 出/国際政治アナリスト


 「これは深刻な法律違反であり、わが国の外交に従事もしくは支援している個人に対する大変な脅威である」

 2010年11月29日、米ホワイトハウスのロバート・ギブス大統領報道官は、深刻な表情でこう述べた。同日、ヒラリー・クリントン米国務長官も、「これは米外交の権益に対する攻撃にとどまらない。国際社会全体に対する攻撃だ」と鼻息を荒くした。

 この前日、内部告発サイト「ウィキリークス」が、25万1287点におよぶ米機密外交文書を公開し始めたのだ。1966年から2010年2月までの間に米政府の在外公館274カ所とワシントンにある国務省の間を飛び交った秘密の外交公電が、誰もがアクセス可能なインターネット上にあるウィキリークスのウェブサイト上で閲覧可能になったのである。

 米国の歴史上、これだけ大量の外交機密文書が漏洩したことはいまだかつてない。まさに前代未聞のメガトン級機密情報漏洩事件が勃発したのである。

世界に広がる「ウィキリークス・ショック」の波紋

 暴露された機密文書には、各国大使館や領事館の大使や政治担当官などが詳細に綴った各国の背景情報や、各国政府高官との会談の議事録、ワシントンの国務省から各国大使館に宛てられた行動指示書など多数の外交公電が含まれていた。事前にウィキリークスから文書の閲覧を許された一部の大手欧米メディアが一斉にこの問題を報じたこともあり、公電内容は瞬時に世界中を駆け巡った。

 公電が明かしたのは、決して表に出してはならない各国首脳たちの生々しい会話であり、米外交官たちの率直な情勢分析であった。

 2008年4月20日、サウジアラビアのアブドラ国王が、当時米中央軍司令官だったデヴィッド・ペトレイアス大将と当時の駐イラク米大使ライアン・クロッカー氏に対して、「蛇の頭をぶった切ってほしい」という表現を使って“イランを軍事的に叩いてほしい”と要請した話。

 フランスの国防相がゲーツ米国防長官に対して、「イスラエルは米国の助けなしに単独でイランを叩くことが出来るのか」と質問したのに対し、ゲーツ長官が「成功させることが出来るかどうかは別にして、軍事作戦自体を遂行することは可能だ」と答えた話。

 駐トルコ米大使館の外交官たちが、「トルコは今にも危険なイスラム主義に陥りそうだ。エルドアン首相は無能なアドバイザーの一群に頼っており視野が狭い」と報告した話、クリントン国務長官がインドのことを「国連安保理常任理事国の“自称最有力候補”だ」と皮肉っていた話…。いずれも政治的に繊細かつ微妙な内容ばかりであった。