ある日ネットをぶらぶらと閲覧していて、「iPhone/iPadのOSが新バージョン、いよいよマルチタスク対応」というニュースを見つけた。筆者は反射的に「おっ!」と思い、関連ニュースをいくつか検索した。筆者が反応したのは「マルチタスク」という言葉に対してだ。iPhoneユーザーなので、バージョンアップの恩恵は受けられるのだが、それを思って反応したわけでない。瞬間的に、過去二十余年のOSの変遷が脳裏をよぎったのである。

 新人の頃に最初に勉強した汎用機のOS。そのOSの仕組みとして、マルチタスクや仮想記憶などを学んでいたことが思い出された。ネットの検索を続け、色々と調べているうちに改めて認識したことは、「技術は大きく進化しているが、基本的な部分はほとんど変わっていない」ということだ。

 例えば仮想化の技術はPCサーバーの世界では新しいのかもしれないが、汎用機の世界では数十年も前から利用されていた。ネットワークプロトコルのTCP/IPも古い。インターネットの普及前からもはや古いプロトコルといわれていたが、どっこい今もネットワークの主要技術だ。シンクライアントの考え方も汎用機時代の集中処理の仕組みと基本的な発想は同じである。

 ITの歴史は集中処理と分散処理のブームが交互に繰り返されてきた。若い頃に汎用機の世界でみっちりと基礎から鍛えられた40代、50代のエンジニアは「仮想化だろうがシンクライアントだろうがネットワークだろうが、どんと来い」といった感じだろう。基礎があるから、その気になればすぐにキャッチアップできる実力と自信があるのだ。汎用機はハードウエアとソフトウエアの関係性が高く、またアセンブラなど機械語に近い低級言語での仕事も多く、コンピュータ全般の知識がないとSEは務まらなかった。また、ユーザー、ベンダー双方に「若いエンジニアはじっくり育てる」というおおらかさもあり、しっかりと基礎知識を身につける土壌があった。

 しかし、今の若いエンジニアはどうだろう?多くの新技術に触れているはずなのに、むしろ、技術の進化や変化にキャッチアップできていないのではないか。最近の現場はコストとスピードに対するプレッシャーがどんどん強くなり、エンジニアを育てる余裕がなくなっていると実感する。極端なケースでは、あるプログラム言語を勉強しただけの促成栽培状態で現場に出て、そのプログラム言語の範囲内だけで仕事をしているエンジニアも少なくない。現場でそのような若手エンジニアを見かけると、「将来大丈夫だろうか?」と人ごとながら心配になる。

 この不況下、企業としては、新人を早く現場に出せばすぐに売り上げにつながるし、教育に必要な時間もコストも削減できる。短期的には促成栽培はメリットがあるだろう。また、「座学では本当のスキルは身につかない。現場でガンガンやらせて育てる」という考え方もあるだろう。実践でのスキル習得という考え方を否定はしない。しかし、促成型、実践型だけでは大事なITの基礎力がなおざりにされてしまう。

 もはや「古き良き時代」には戻れないし、懐かしんでも仕方がない。しかし、10年たっても20年たっても通用する基本的なITスキルを若いうちに身につけておくことは非常に重要である。

 若手エンジニアに言おう。日本経済やIT業界を取り巻く環境は変わってしまった。待っていてはダメだ。自分で勉強する
意志を固めよう。もっと貪欲になろう。そしてベテランエンジニアやマネジャーに言おう。「最近の若い奴はダメだ」と言っていてはダメだ。我々(筆者も含め)は恵まれていた。だから恩返しとして、若手を導いてあげよう。チャンスを作ってあげよう。

 この状況はすぐには変わらないかもしれない。しかし時間をかけてでも、業界全体、エンジニア全員で考え、変えていくことが大事なのだ。

永井 昭弘(ながい あきひろ)
1963年東京都出身。イントリーグ代表取締役社長兼CEO、NPO法人全国異業種グループネットワークフォーラム(INF)副理事長。日本IBMの金融担当SEを経て、ベンチャー系ITコンサルのイントリーグに参画、96年社長に就任。多数のIT案件のコーディネーションおよびコンサルティング、RFP作成支援などを手掛ける。著書に「事例で学ぶRFP作成術実践マニュアル」「RFP&提案書完全マニュアル」(日経BP社)、