2010年7月に決まったホワイトスペース特区先行モデルのうち注目すべきプロジェクトの一つが、湘南ベルマーレの提案による「ワンセグによるスポーツ映像などの配信」であろう。湘南ベルマーレは日立ソリューションズと共同で、平塚競技場におけるエリア限定のワンセグ配信(エリアワンセグ)実験を2010年9月18日に開始した。サービスの愛称は「ベルセグ」である。

 エリアワンセグは各地で実験が相次いでいる。ホワイトスペース活用の一つの目玉となる用途であり、これだけ普及したワンセグ端末を利用できることから、様々な分野で関心が高い。しかし現状は実験に留まっており、今後の課題はビジネスとして成功事例を生むことである。湘南ベルマーレのプロジェクトは、スポーツを通じた地域密着活動を進めてきた同社が、エリアワンセグを利用してどこまでビジネスの創出に迫れるか、という点で関心が持たれる。このプロジェクトで湘南ベルマーレ側のリーダーである水谷尚人氏(取締役 社長室室長)と、エリアワンセグのハード・ソフトやシステム構築の技術を提供しこのプロジェクトに協力している日立ソリューションズの渡邉浩史氏(マルチディビジョン事業統括部 放送通信ビジネス推進センター 技師)に話しを聞いた。

湘南ベルマーレが手を上げた理由

 水谷氏によると湘南ベルマーレは、常に地域の住民とコミュニケーションするツールを探してきたという。2000年にチーム名をベルマーレ平塚から湘南ベルマーレに改称し、ホームタウンを平塚市から7市3町(厚木・伊勢原・小田原・茅ヶ崎・秦野・平塚・藤沢・大磯・寒川・二宮)に拡大したという経緯がある。しかしホームタウンを拡大したからといって、平塚以外の地域に急に浸透するわけではない。「とにかく知ってもらいたい」という思いから、例えばホームタウンの小学校の正規の授業でボール運動を教える「小学校体育巡回授業」などを展開している。ホワイトスペース特区への提案も、こうした活動の一環だったという。こうしたことから本来は競技場だけでななく、商店街や海岸、さらには小田原や藤沢などを含む湘南地区全体に展開したいと考えている。競技場での取り組みは、あくまで出発点と捉えている。

 一方の日立ソリューションズにとっては、「湘南ベルマーレが地域に密着した活動をしてきたことが魅力だった」という。エリアワンセグの課題として、チャンネル合わせが難しいなどの指摘がなされるが、日立ソリューションズはベンダーの立場からこれまで様々な地域でエリアワンセグを実験に参加してきた経験から、最大の課題は「いかにして視聴者を確保するか」にあると考えていたという。

 実際、過去のエリアワンセグの実験でもコンテンツには非常に凝ってすばらしいものを提供した事例はたくさんあるという。しかし、「いいコンテンツを作って流しても、お金をかけて宣伝でもしない限りなかなか見てもらえなかった」という経験から事前にサービスを知ってもらうことや、集まる人にアプローチするコンタクト手段を持っていることが重要と考えていた。こうした中で、湘南ベルマーレとの協業は、ベンダーとして市場立ち上げを目指す立場からも非常に魅力的なプロジェクトという。

1割から2割の観客が視聴という実績

 両社が2010年秋から始めた実験において注力したのが、いかにして視聴者を確保できるのかという点である。エリアワンセグの最初の視聴は、携帯電話のサイトにアクセスすることを前提にしており、そのアクセス数から視聴者の数を正確に把握できる。2回目以降の視聴では直接選局できるが、アンケートなど含め様々な形で視聴者数がほぼ推定できているという。

 実際の反応はどうだったのか。お披露目となった2010年9月18日の川崎フロンターレ戦は2割を超えたという。「しかし、毎回来てくれるようなサポーターが果たして見続けてもらえるのかという疑問もあり、視聴者を確保し続けるサービスを提供し続けられるのかが2010年の最大の課題だった」という。継続的に視聴者を確保できなければ、次の展開であるビジネスを考える上で厳しい状況になる。

 そこでコンテンツに、両社が相談しながら様々な工夫を凝らして提供してきた。例えばテレビ朝日の番組「やべっちFC」に出演する湘南ベルマーレフットサルクラブのボラ選手のワザをみせる「ハーイ、ボラっち!」を提供したり、サッカー選手とフットサルの選手がワザを競う映像を提供したり、選手の生の声を出したりした。「ソフト面で、引っ張って来れた」(水谷氏)と自負する。「ベルマーレのコンテンツで、ベルマーレのサポーターに喜んでもらえる。そもそもライツのないコンテンツは撮れない。これは非常に大きかった」(渡邉氏)と説明する。各コンテンツが3分ぐらいの長さとし、全部にテロップをつけイヤホンなしでも楽しめるようにした。サービスの告知はホームページや携帯サイト、会場、ブース、チラシなどで展開した。

 また偶然だが、エリアワンセグの実験を開始した当初、平塚競技場には大型ディスプレイが設置されていなかった。こうした中で、スカパーJSATが協力しライブ映像を配信できたことも大きかったという。それをキッカケに他のコンテンツを見てもらえるようになったケースも多かったという。さらに、サポーターが登場する形で、毎回応援メッセージをブースで収録し、その日のうちに編集し、ハーフタイムの間に配信するということも始めた。

 その結果、毎回来場者の1割程度を視聴者の数としてキープできているという。これは、湘南ベルマーレの立場では「もっと上げていきたいという思いはある」という数字だが、様々な実験に参加してきた日立ソリューションズの側から見ると、「驚異的なとても高い数字」という。最終戦に行ったアンケート調査によると約4割がベルセグを見たことがあり、そのうちの4割がチャンネル登録しているという結果がでたと説明する。「次の展開につなげられるベースはできたと考えている」(渡邉氏)という。

サイネージへの展開なども視野に

 今後の課題は、やはりビジネスの可能性を探ることである。ただし、実験試験局という免許であり、まずはその範囲で探っていくという。

 ホワイトスペース特区については、広告などの面で規制緩和を望む声が出ている。例えば、湘南ベルマーレと同様にホワイトスペース特区の先行モデルに選ばれ、先行して実験を行ったTBSテレビは、2010年12月2日に行われた情報通信審議会の作業班(放送システム委員会 ホワイトスペース活用放送型システム作業班)の会合で実施した実験報告の中で、「新たな広告モデルを探るためにも実験試験局免許の運用緩和」を要望した。湘南ベルマーレらもいろいろチャンレンジしたいと考えており、可能な範囲で何ができるのか検討を進めている。

 このほか、「デジタルサイネージは展開したい。商店街や駅などに設置し、情報発信をしたい」という。自分から情報をとりにいく携帯電話に対し、サイネージは情報が目や耳に入ってくる。コンテンツは共通化しながらも、競技場をキッカケに面的な展開を図れる。「例えばベルセグが平塚駅に登場」といった展開で視聴者を確保しながらビジネスへの応用を考えている。

表●プロジェクトの概要
配信コンテンツ
<映像>
・クラブからのお知らせ
・スタジアムガイド
・選手インタビュー
・ベルマーレスポーツクラブ情報
・地域情報
・試合中継
・サポーターの応援メッセージなど
<データ放送>
・サポーター、来場者からの応援メッセージ
・イベント情報
・クラブからのお知らせ
・公式携帯サイト、アンケートサイトへのリンク など
実施体制
<実験主体企業>
湘南ベルマーレ
(プロジェクト取りまとめ、コンテンツ作成、サービス企画・運営、
無線局管理)
日立ソリューションズ
(システム取りまとめ、システム構築・運用支援、無線局管理支援)
<協力企業>
SEA Global (サービス企画・運営支援)
日立国際電気 (エリアワンセグ送出システム、電波技術支援)
Jリーグメディアプロモーション (映像提供)
スカパーJSAT (映像提供・運用協力)
CWS Brains (コンテンツ作成支援、デジタルサイネージ)