多様なセンサーの普及によって、ITは今、実世界のデータをどん欲に取り込み始めている。実世界とITが緊密に結合されたシステムを「Cyber-Physical Systems(CPS)」と呼ぶ。ここで必要になるのは、「人間情報」を活用するために、サービスと科学との間に新しい関係を創ることである。CPSについては、2011年2月3日に開催される情報処理学会のシンポジウム「ソフトウェアジャパン2011」でも議論する。今回は、CPSなどの最新IT手法によって計測した情報を活用し低炭素都市の設計を支援するためのシミュレーション技術の方向性について考えたい。

 温暖化対策については、これまであまり積極的ではなかった途上国を含め、世界各地でその取り組みが本格化している。その代表例がスマートシティの実現だ。日本でも先進的な自治体がグリーンイノベーション事業とも関係して、具体的な検討が進みつつある。

 そこでの目的の一つが都市の低炭素化だ。都市におけるCO2は、直接的には住宅や事業所などでの化石燃料(石油・石炭・天然ガス)の利用と、自動車やトラックなどのエンジンの排気ガス、そして工場・発電所などにおける化石燃料の燃焼から発生する。

 一方、都市部で電力を利用すれば、一般には都市外に立地している発電所からCO2が排出される。都市内での電力消費によって都市外のCO2排出が引き起こされていると考えられる。このように間接的に誘発されて発生するCO2排出は、間接排出と呼ばれる。

日本のCO2直接排出と間接排出の比率は約1:3

 都市内における電力利用をはじめとする各種の消費活動が、都市外の地域におけるCO2の排出(吸収)を誘発する関係を示したのが図1だ。都市内の活動によって一般的にはCO2が排出されるが、住宅が森林を伐採した木材で建築される場合には、森林の再生時にCO2を吸収する。

図1●都市と地域における直接・間接のCO2フロー(排出と吸収)
図1●都市と地域における直接・間接のCO2フロー(排出と吸収)
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 図1で、小さな赤矢印で示されている、都市内で直接的に排出されているCO2の量は、もっと大きな赤矢印で示されている、都市内の消費活動で誘発され間接的に都市外で排出されるCO2の量(正確には排出から吸収を差し引いた値)と比較すれば、相対的に小さい値になる。

 日本の場合、この直接排出と間接排出の比率は、約1:3程度だ。間接排出には、海外で製品が生産される場合も含まれるので、無理に国内の直接排出だけを減らそうとすると、エネルギー効率の悪い途上国に生産がシフトして、かえってCO2排出を増やしてしまう可能性がある。

 このため、CO2排出量を削減するためには、間接排出量を正確に把握し、より排出量の少ない製品を選択することが望ましい。だが、間接排出量の推定は容易ではない。エネルギー利用に加えて、工業製品や食料品などの生産や輸送の際に発生するCO2排出を逐次積算して推計する必要があるためだ。

 そこで有効になるのが、ICタグなどを利用して製品の生産から廃棄までのライフサイクルをトレースし、各工程や輸送時に発生するCO2量をカスケード登録する技術の開発である。同じ製品であっても、鉄道かトラックかなど、物流経路が違うだけでも排出量は変わる。

 製品別の間接CO2排出量を計測して表示する技術が確立できれば、環境問題への意識が高い消費者にとっては、商品購入時の参考になる。最終的には、間接排出量に比例する炭素税あるいは排出削減に対する炭素クレジットを価格にカウントするシステムを構築することで、生産や流通プロセスを低炭素化する努力が報われるインセンティブになると期待できる。