ビジネスブレイン太田昭和
会計システム研究所 所長
中澤 進

 ERP(統合基幹業務システム)パッケージの活用は、IFRS(国際会計基準)への対応に有効であるとよく言われる。それは一面、真実であろうが、ここで論じたいのはそのことではない。ERPとIFRSは共通のバックグラウンドを持つという点をここでは述べていきたい。ともに欧米の価値観と思考プロセスにより作られているのである。

 ERPやSCM(サプライチェーン管理)、CRM(顧客関係管理)はいずれも「体系化」されている点が共通している。ERPは体系化された基幹系システム、SCMは体系化された在庫管理の仕組み、CRMは体系化された顧客管理の仕組みとなる。同様に、IFRSは体系化された会計基準といえる。

 日本の社会においても、個々に見ると素晴らしい仕組みが数多く存在する。しかし、こと体系化となると欧米に一日の長がある。世の中に存在する森羅万象としての事実を直視した上で抽象化し、体系化する能力である「コンセプチャルスキル」に長けているからであろう。

欧米の社会システムあるいは商習慣に基づくERP

 筆者がERPにかかわり始めたのは、1991年ころである。まだERPという言葉が定着していない時期であり、業務パッケージソフトとの差もあまり明確でなかった。ERPという言葉が日本社会に定着したのは、SAP(ジャパン)による貢献が大きかったことは間違いない。

 特に初期の段階では、ERPの導入はトラブル続きであったことを記憶されている方もいるだろう。当時の経験値は必ずしも形式知化されておらず、相変わらず同様のトラブルが散見されるのは嘆かわしいことである。

 なぜERPの導入でトラブルが発生したのか。事情は個々に異なるが、大きく言うと、ERPが欧米の価値観に基づいているという認識が不足していたからである。

 ERPは基本的に、欧米の社会システムあるいは商習慣をベースにしている。米国はもちろん欧州も異人種、異文化の集まりであり、多様性を前提とした社会システムが存在している。ここでビジネスの基本となるのは「契約」であり、事前に設定した「ルール」である。

 取引を開始するにあたり、決済条件は当然、決定しておく。単価未決による出荷はありえない。また、月次の残高ベースでの決済は回収リスクが発生するので、基本的に取引単位の都度、決済となる。共同出資等により企業を設立する際も、解散条件を事前に交渉しておくのが常識だ。婚姻届を出す際に、同時に離婚の条件をしたためておくのと同義である。

 こうした欧米の社会システムや商習慣は、性善説であり、あうんの呼吸で事足りる同質国家の日本とは大いに異なる。

 欧米の価値観の下で作成されているERPパッケージを導入する際は、その裏側にある本質と、その結果具備されている機能を事前に検証する必要があるのは当然のことだ。ERPは極めて出来のよい汎用品ではあるが、そのまま使える代物ではない。それをベストプラクティスなどと表現するから、誤解を招くのである。

 もちろん、例外もある。過去のしがらみがない新規設立の会社や、そもそも業務プロセスが簡単な小規模会社などは、ERPを比較的容易に導入できる。だが長年の歴史があり、企業文化に立脚した対外・対内における複雑な商習慣を持つ企業にとって、ERPの導入は一筋縄ではいかない。この点は多くの企業が経験している通りである。