7月にシンガポールに赴任して、先日シンガポールの経済開発庁を訪問した。表敬訪問のつもりだったが、情報メディア産業担当のディレクター(局長)が出てきて、1時間以上にわたって深く意見交換した。
担当局長には、当社がシンガポールに建設予定のデータセンターについて詳しく聞かれた。シンガポールに地域拠点を置く多くの多国籍企業向けに高品質なデータセンターを計画していることを伝えると、その局長は「まさにそれが情報産業のトレンドで、同業他社も同じ志向だ。シンガポールの目指す方向とも合致している。もっとデータセンターを作ってくれ。ついでにあなたの会社も本社機能ごとシンガポールに移す気はないのか」と説明。売り込みはヒートアップした。
半ば冗談かとも思ったが、「アジアの成長に目を付けた欧州企業のなかには、既に本社機能の一部をシンガポールに移しているところもある」と具体的に紹介された。役人と話をしているというよりは、不動産会社の営業かマーケティング担当と話をしている感覚だ。
目的が明確で動きも早い
シンガポール政府は、アジアの新興国市場の勃興を機敏にとらえ、外国企業の地域本社機能をどんどん誘致しようと考えている。他のアジアの都市との競争を意識しているのは明白だ。
先の担当局長は、他の都市に比べてシンガポールがIT拠点としていかに有利かと、話し続ける。曰く、シンガポールは、通信・電力などのインフラが安定している、英語が公用語、なまりはあるが各国から知識労働者の受け入れに熱心なのでICT人材が豊富、法規制は透明で明確、など。
後日新聞報道を見たところ、実際に日本企業にも本社機能の一部をシンガポールや香港に移す動きがあることを知った。それを裏付けるように面前で「あなたの会社も移転したらどうか」と言われると、本当に世の中はダイナミックに動いているのだと改めて感じてしまう。こんなことで感心していること自体、鈍感な証拠なのだが…。
とにかくこの国は、目的が明確で、動きが速い。企業を誘致しようと思えば法人税率を下げる。人材を豊富にしようと思えば、技能や知識をもつ移民を積極的に受け入れ、空港や港湾も人やモノを流通しやすくする。
「できますよ」というときも、シンガポールの英語、いわゆるシングリッシュでは、“It is alright.”でも、“Yes, we can do it.”でもない。主語も動詞もなく、ただ“Can!”である。身もふたもないほど単刀直入だ。
この単刀直入さ、分かりやすさが、丁々発止で右から左へモノ・情報を流すシンガポールという貿易都市の文化であり、世界中の企業を集め“ITハブ”化しているゆえんかもしれない。