多様なセンサーから取り込まれる実世界のデジタルデータが急増している。ITは今、そうした実世界のデータをどん欲に取り込み始めている。同時に、スマートグリッドや高度道路交通システム(ITS)といった様々な社会システムを通して、直接・間接に我々の実世界の活動に影響を与えている。実世界とITが緊密に結合されたシステムを「Cyber-Physical Systems(CPS)」と呼ぶ。今回は社会システムとしてのCPSについて考えてみよう。

あらゆるところに地球規模の課題がある

 米IBMは2008年、「Smarter Planet」というビジョンを提唱した。地球規模の課題をITを活用して解決するために、一連の活動を開始している。

 課題は、あらゆるところに存在する。例えば、日本全国で交通渋滞による年間損失時間は38億時間もある。金額に換算すると、およそ12兆円になり、これはGDP(国内総生産)の2.4%に相当する。また世界の飢餓人口が9億6000万人を超すなかで、日本では国内外から調達している9000万トンの食品のうち、約2割に相当する1900万トンが廃棄されている。

 一方、北米では、在庫切れによる小売業者の売り上げ機会損失金額は年間推定で約9兆3000億円にも達する。北米の港湾にある荷物の22%は空のコンテナだ。また、分散コンピューティング環境では85%の計算能力が使われていない。

 情報技術の指数関数的な進歩によって、あらゆるものがつながり、情報をやり取りし、複雑な系を作り出している。そのため、環境、資源(エネルギーや水)、都市などの様々な問題(安全、エネルギー、教育、交通)、あるいはサプライチェーン全体の最適化などが、全体系の把握なしには解決できなくなってきている。

物理的インフラとデジタルインフラが融合

 森羅万象、あらゆるものが発するデータを収集し、価値観に基づいて、それらの関係を可視化し、分析し、系に影響を与える。つまり“社会生態系”や“ビジネス生態系”を価値観に基づいて制御していく。Smarter Planetでは、特に物理的インフラとデジタルインフラが融合する世界を対象にしている。

 こうした分野には、過去50年にわたる情報技術の飛躍的な進歩がITの世界にもたらしている、様々な先進的な技術や考え方を適用できるのではないかと考えている。様々な物理的世界からデータを収集し、可視化し、分析し、最適化するという仕組み自身は、どの世界を対象にしても同じだからだ。

 適用可能な技術や考え方としては、仮想化、標準化に基づくコモディティー化、コンポーネント化、サービス化、オープンイノベーション、クラウドコンピューティングなどのサービスデリバリー技術、サービスの質を担保するオートノミックコンピューティング、ビジネスをビジネスプロセスに分解し最適に統合化していくSOA (サービス指向アーキテクチャー)などが挙げられる。さまざまな物理的世界からデータを収集し、可視化し、分析し、最適化するというしくみ自身はどの世界を対象にしても同じである。

 センサー技術やスーパーコンピュータによるデータ分析技術などITの発達を背景に、物理世界とITの世界を結ぶという意味では、Smarter Planetとサイバー-フィジカル・システムズ(CPS)の概念は近い。センサー、RFID、ネットワーク、データセンターなど共通の技術要素を持つ。

 しかし、CPSが物理世界とITの緊密な統合という“技術的な解”から解き起こしているのに対し、Smarter Planetは人類社会の問題を解こうという問題解決型のメッセージになっている。また、米国におけるCPS関連の研究開発の中には、宇宙航空や軍事に関するものが見受けられるのも相違点の一つだろう。

 情報処理学会が2011年2月3日に企画している「ソフトウェアジャパン2011」では、そのテーマに「サイバー・フィジカル・システム」と銘打っている。だが、ITを用いた社会変革により重点を置いていると聞く。その意味ではSmarter Planetのコンセプトに近いといえそうだ。