株式会社MORE・CAL代表取締役社長 熊澤壽

 数年前のことです。ある企業の監査室長が早朝に、某ERP(統合基幹業務)ベンダーに「社長に会わせろ」と予約無しで怒鳴り込みをかけました。彼の会社で進行中のERP導入について「背任横領の疑いがあるので全容を話せ」とまくしたてたのです。

 その時、彼が標的に据えた背任横領の容疑者は、何を隠そうこの私でした。驚天動地とはこのこと。なぜ彼がそんなことをしたのか、すぐには理解できませんでした。

 後にその動機が判明しました。彼は社長に「ERPの導入がうまくいっていないようなので、プロのシステム監査を受けたほうがよい」と進言したのです。しかし、私はシステム監査を断りました。プロジェクトは問題無く進行していると思っていましたし、導入予算が厳しいのに監査に大金をはたくのは愚行だと考えたからです。しかし彼は「何かやましいことがあって断ったのに違いない」と疑いを抱いたのでした。

 不愉快な出来事でしたが、ITプロジェクトの担当者がこのような疑いをかけられるのは、やむを得ない面もあると思っています。当コラムで触れてきたように、IT投資で得られる完成物の質や対価が妥当かどうかは、専門家以外には分かりづらいものです。しかも、ごく少数の関係者やシステム部門の責任者の一存で業者が決まっているケースが多いことも事実でしょう。

 実は、この事件があって1年もたたないうちに私自身が、ITにまつわる不正を目の当たりにしました。

 ERP導入プロジェクトを担当していた私が、子会社のシステムを統合するための精査を進めていた時のことです。ある子会社が、いろいろな理由を作って調査を拒否するのです。当初は私の強引なやり方への反発なのかと考えました。ところが、最終的にその子会社に乗り込んだ結果、予想もしていなかった状況が露見したのです。

 その子会社のシステムを開発したわけでもないのに、聞いたこともない業者が長期のシステムサポート契約を結んでいたのです。翌日、その会社の登記簿を取り、詳細を確認したところ、代表者の苗字が子会社の社長のそれと同じであり、会社の所在地は社長の住所と同一でした。

 読者のみなさんもピンと来たと思いますが、子会社社長は自分の息子に会社を作らせてサポート契約を交わしていたのです。恐ろしいのは、この事実をその会社でもIT部門の責任者以外に誰も知らなかったことです。ITという領域ではこのような背任行為が、どこの企業にも存在し得るのです。

 会社の代表者や役員がITの投資判断時にできる質問はせいぜい、「相見積もりをしたのか」「その業者は大丈夫なのか」「ROI(投下資本利益率)はどうなのか」程度ではないでしょうか。そしてITの専門家でない経営幹部はシステムのQCDR(品質・コスト・納期・リスク)を精査しようともせず、有名ITベンダーや有名コンサルティングファームを利用すれば、安心してしまうのです。専門家が見積もれば10億円未満なのに、懇意のITベンダーに100億円以上でシステムを発注する企業も存在します。

 もしあなたの会社に、長年のなじみのITベンダーや、経営幹部お気に入りのコンサルタントが存在するようなら注意するべきです。知らぬ間に誰かと癒着して金をかすめ取り、会社の成長を妨げているかもしれません。

 横領に至らずとも、ITベンダーに「古いシステムを新しいシステムに変えるリスクのほうが大きい」と吹き込まれ、古くて運用費用が高く、ハイリスクなシステムを長きにわたり使い続けている実例はたくさんあります。私は何度かそのような企業に注意したのですが、彼らの考えは変わりません。そういうIT部門の責任者や担当役員を見ると、「ベンダーの接待や賄賂に染まってしまったのではないか」と私はついついあらぬ疑惑を抱いてしまうのです。

 たまには付き合いが無い外部のコンサルタントやITベンダーに、自社のシステムをチェックさせてみることをお勧めいたします。

熊澤 壽(くまざわ ひさし)
独立系IT・ビジネスコンサルティング企業、株式会社MORE・CAL代表取締役社長
熊澤 壽(くまざわ ひさし) 1957年生まれ。CSKを経て、1985年にネミック・ラムダ(現TDK-Lambda)入社。同社にて取締役マーケティング本部長や海外子会社社長、執行役員BPR推進室長、執行役員情報システム本部長、執行役員管理本部長を務めERPの全社導入やJ-SOX法対策を指揮し、インド系IT企業の代表者をした後に独立。2010年4月より現職。株式会社MORE・CALのホームページ。ITproにて『“抵抗勢力”とは、こう戦え!』を連載。