株式会社MORE・CAL代表取締役社長 熊澤壽

 かなり以前から、私は「ゼネコン」という単語にはあまり良い印象を持てません。

 最大の理由は「汚職」や「裏金」、「賄賂」や「過度の接待」といったダーティーな言葉をつい連想してしまうからです。実際のところ最近も聞こえてくるのはゼネコンNの裏金作りや、ゼネコンKの裏リベートによるコンサルタントの巨額脱税など、良いニュースは聞く機会が無いように思えます。このように政治家や自治体の首長、さらにはコンサルタントや経営陣を巻き込んだ不誠実で違法な問題が続発する要因として、1案件当たりの取引額が家電品や一般消費物と比して巨額であるという要因がまず挙げられるでしょう。

 さらに発注側に「どこに施工を頼んでも、品質に大差はない」という考えがあるのも一因ではないでしょうか?そのような発想が無い限り、賄賂や政治力によって発注先を決定するはずがありません。そのような考え方が取引先の不公正な活動を誘引するのです。そして、自治体の首長や国会議員・発注元の経営者、それらとのコネを持つ名ばかりのコンサルタント(ブローカー)が暗躍して私腹を肥やす図式こそが日本の建設業界の問題です。

 ニュースなどを見ておりますと、諸悪の根源はゼネコンやブローカーであるとする報道が少なくないように感じられます。ですが、私は問題続出の土壌は発注側にもあると思います。すなわち政治力が施工品質や設計品質、さらにはノウハウなどに優先されてしまう悪しき習慣にあると思うのです。発注先を決定するプロセスがオープンになり、純粋にQCDR(品質・コスト・納期・信頼性)だけが選定基準になれば政治力が介入する余地は無くなるのではないでしょうか?

 では建設と同様に巨額のマネーが動くIT投資に関してはどうなのでしょうか?

 私は、建設業界と同等以上に政治力が介入するケースが多いはずと考えています。そもそも建設物は、業者の選定がいい加減でも完成物の出来栄えは目視である程度確認できるものです。ところがITについては出来栄えや成果・効果を把握することはますます困難ですし、ベンダー選定の際に性能や仕組みの良しあしを経営者自身が理解することも難しいでしょう。現に私自身が過去何度か“政治的圧力”を受けた経験がありますので、そんなに珍しい出来事ではないだろうと推察します。

 経営者よりもITに関する知識が豊富で、かつ現場に近いIT部門の方々にとってはどうなのでしょうか。経営者との結びつきや過去からの付き合いなどの“お抱え”や“しがらみ”的要素を一切排除して、純粋な気持ちでQCDRだけを選定基準としてシステム構築案を作成するのは、やはり簡単なことではないはずです。

 導入失敗事例が多いこの分野では、投資額が巨額であるほど、“安心”を求める傾向があります。あらかじめ失敗した時の言い訳を考え、「大手の業者である」「実績がある」という要素を重要な選定基準としてしまいがちです。「このベンダーを使って駄目なら仕方がない」とか「このコンサルティング会社を使ってこの程度だから、他を使っていればもっとひどい結果になっていた」と言い訳を用意するわけです。

 大手であることや、実績があることがベンダー選定基準の1要素であることまでも否定しようとするつもりは毛頭ございません。しかしこれらに固執しすぎると、品質や機能に比してかなり割高な投資をする羽目になる可能性は否定できないでしょう。ゼネコン業界同様に、不公正な事件に巻き込まれる可能性すらはらんでいます。

 こういう実例があります。ある企業で「とにかくERP(統合基幹業務)を導入しよう」という指示が経営トップから下され、検討プロジェクトが発足しました。しかし「検討プロジェクト」とは名ばかりで、最大のお得意様が販売パートナーとなって売り込んでいるERPの採用は事実上の決定事項だったのです。プロジェクトはその“追認資料作り”の活動に過ぎませんでした。IT部門には何らの選定権限も無いために製品のQCDRの確認も全く行われませんでした。

 ところが1年後、親会社が変わった時に、別のERPを導入せよとの指示が経営陣から出されました。さらにその後も社長が交代したり、さらに親会社が変わったりするたびに導入候補が変更されました。そうして数年の歳月と大金を投じてなんと合計5つものERPを検討したのです。

 この事例の問題は、すべての導入検討が政治的圧力によって歪められており、IT部門には選定権限も精査の余地もない“セレモニー”と化していることです。経営陣が製品のQCDRを度外視して、親会社の指示・命令や、取引先への便宜、あるいはトップ個人の趣味嗜好、縁故関係を優先させてIT投資を決めてしまうケースは少なくありません。

 このような選定基準が存在するとき、コンプライアンス(法令順守)上、非常に大きなリスクになることは社員の誰の目にも明らかでしょう。現場から経営陣に対して助言や上申の1つもありそうなものですが、現実的にはそう簡単ではないようです。

 本末転倒な意思決定がなされる大きな要因と思われるのが、IT投資の位置付けの低さです。アンケートなどによれば、日本企業で企業戦略とIT投資を同列に扱っているケースは欧米企業と比べて極めて少ないそうです。それが証拠に業績が悪化すると、IT投資は俗に言う3K(交際費・広告費・交通費)と同列以下で論じられます。営業活動費である3Kをゼロにしてしまう企業はありませんが、IT投資は簡単にゼロにされてしまいます。

 しかし、会社を車に例えると、アクセルとハンドルを握るドライバーが経営陣、ブレーキが監査役で、エンジンが工場やオフィス、ガソリンは従業員、エンジンオイルはITであると考えられます。

 オイルに粘りが無く、真っ黒に汚れているにもかかわらず、ガソリンをたっぷり入れてフルアクセルで高速道路を突っ走ったらどうなるのでしょう?エンジンは焼け付き、故障して高速道路上で動かなくなってしまい、交通事故に巻き込まれる可能性さえ生まれます。それでも、真っ黒で粘りが無いエンジンオイルは不急の投資という判断をされ、交換されないケースがあるということです。

 エンジンオイルの性能が悪化しても車は動きますが寿命や燃費は日々悪化します。こういう比喩で考えれば、企業にとってIT投資がいかに重要かご理解いただけると思います。経営者の方々には、もう少しIT投資の重要性とITが生み出す利益の大きさを理解してもらいたいものです。

熊澤 壽(くまざわ ひさし)
独立系IT・ビジネスコンサルティング企業、株式会社MORE・CAL代表取締役社長
熊澤 壽(くまざわ ひさし) 1957年生まれ。CSKを経て、1985年にネミック・ラムダ(現TDK-Lambda)入社。同社にて取締役マーケティング本部長や海外子会社社長、執行役員BPR推進室長、執行役員情報システム本部長、執行役員管理本部長を務めERPの全社導入やJ-SOX法対策を指揮し、インド系IT企業の代表者をした後に独立。2010年4月より現職。株式会社MORE・CALのホームページ。ITproにて『“抵抗勢力”とは、こう戦え!』を連載。