株式会社MORE・CAL代表取締役社長 熊澤壽

 私はファミレスにそう頻繁に入るわけではないのですが、腹立たしい思いをさせられたことが数多くあります。過日も、お店に入って従業員に案内されて座ってから15分もオーダーを待たされました。5~6回呼び出しボタンを押したにもかかわらず、15分間音沙汰がありませんでした。

 その間、何人もの従業員が私たちの前を通り過ぎるたびに「オーダーお願いします」と声をかけたのですが、「少々お待ちください」と返事されるばかりで対応してもらえません。結局、客席案内をしている従業員にお願いしてオーダーを聞いてもらいました。非常に腹立たしく、それこそ「こんな店に二度と来るか!!」という心境になりました。従業員の態度は常に、にこやかでハキハキとしており、嫌な雰囲気は全くありません。ただ単に遅いのです。では何が問題なのでしょうか?

 単純な話、従業員が顧客と比べて非常に少ないというだけの理由なのです。ちなみにファミレスだけではなく、居酒屋や家電量販店でも同様なことが起きています。この現象の本質的な問題点は、経営者が顧客を長時間待たせることを容認していることです。

 すなわち、忙しさのピークに合わせずに、平均的な顧客数を基準に最適な従業員数を決めているのです。はなから「ビジネス上、理想的な人員配備を実現するためには顧客を多少待たせることはやむを得ない」という開き直り的精神が経営者や幹部社員に存在するということなのです。そうでなければ注文するのに15分も客を待たせることなどあり得ません。

 企業側にとっては最大顧客数に合わせて人員数を決めることは愚かであるかもしれません。しかし一方で、接客業に限らずすべての企業は「顧客満足度の向上」を目標に掲げています。顧客満足度が非常に重要であるといいながら、その向上に対して全く投資をしていないのです。「それは利益に見合う範囲内で行うものだ」との反論があるかもしれませんが、なぜ有効なIT(情報技術)投資によって顧客満足度の向上を図らないのでしょうか?

 しかもファミレスではフロア従業員は全員が携帯端末を持ち、オーダーを顧客の目前で入力しています。あのシステム構築には結構な投資がなされているのだろうと思います。それでいて客を待たせたのでは、せいぜいオーダー情報が瞬時に厨房に届く程度の効果ですから、ROI(投下資本利益率)はたかが知れています。二度と行くものかと怒り出すお客を作っていたのでは、ROI(投下資本利益率)はマイナスです。

 「オーダーを従業員によって入力する仕組み」ではROI(投下資本利益率)を高められないのですから、発想を転換して「顧客側にオーダー入力をさせる仕組み」を構築すること以外に、顧客満足度の向上と従業員の最適配置を両立できないことは明らかです。いちいち顧客が着座している場所に出向いて、オーダーを聞き、携帯端末に入力したり注文伝票に書き込んだりするプロセスが、フロア業務のボトルネックであることを強く認識するべきです。

 私は飲食店で長らく待たされるたびに、経営者のアイデアの無さとIT活用力の不足を感じるのです。こう申し上げると「巨額のIT投資を実行できる余裕など無いんだよ!」とおっしゃる方がおられるかと思います。しかしIT投資と従業員の雇用コストを比べると、1億円の投資は3人の正社員の雇用とP/L上は同様のインパクトになるのです(ITの耐用年数は5年とした場合)。合理化で5人分の業務改善ができれば、即決で1億円のIT投資をするべきではないのでしょうか?

 5人の従業員採用は決断できても、1億円のIT投資の決断はできない経営者の多さが日本企業の最大の弱点であると思うのです。

 ところが、面白いお店を見つけました。回転寿司チェーン(くらコーポレーション)の「くら寿司」というお店があります。回転寿司店でも、個別に寿司職人に注文を出すお客はたくさんいます。このお店はオーダーをタッチパネルで顧客自身入力させ、従業員の聞きそびれや聞き間違いの問題を解決しています。しかも食べ終わったお皿は顧客自身に返却ボックスへ返却してもらうことにより、お皿の回収と枚数のカウント、さらには洗浄まで自動で行い、従業員数の極小化と顧客満足度の向上を同時に実現しています。

 普通の回転寿司のプロセスを想像してください。
(1)顧客のオーダーを聞く
(2)顧客からのオーダーを寿司職人へ伝える
(3)できあがったお寿司をオーダーしたお客さんの元へ届ける
(4)食べ終わったお客さんのところへ出向く
(5)食べ終わったお皿を数えて、伝票に書き込む
(6)次の顧客のために、テーブル上のお皿を片付ける

 これらの業務は、顧客数が増えるほど増加し、フロア従業員を増やさない限り顧客満足度が確実に低下します。しかしくら寿司は、これら店舗側の業務のほとんど(お皿以外の飲食は最後にフロア従業員がチェックします)を顧客とITにしてもらうことによって、見事に顧客満足度の向上と企業利益の拡大を両立させています。

 私が行ったくら寿司のお店では、120~130人の顧客数に対して、レジ担当者を含めて従業員数は3人でした。全皿100円という低価格戦略でありながら、2008年10月期の売上高は564億7000万円、2009年10月期は前年度比10%増の622億2700万円を見込んでいます。対売上高営業利益率も4%以上出ています。

 この企業の経営者の見事なBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)とIT活用には見習うべきものがあります。こうした事例に学ばず、顧客を平気で待たせている状況を放置し続けている経営者には顧客満足度を語る資格などありません。

 一見巨額に感じるIT投資も、その場しのぎのアルバイトや派遣・パート従業員の増員による顧客・業務対応と比べると、はるかにROI(投下資本利益率)が高い現実を経営者は認識すべきです。ただし徹底したBPRが同時に必要なことは言うまでもありません。

熊澤 壽(くまざわ ひさし)
独立系IT・ビジネスコンサルティング企業、株式会社MORE・CAL代表取締役社長
熊澤 壽(くまざわ ひさし) 1957年生まれ。CSKを経て、1985年にネミック・ラムダ(現TDK-Lambda)入社。同社にて取締役マーケティング本部長や海外子会社社長、執行役員BPR推進室長、執行役員情報システム本部長、執行役員管理本部長を務めERPの全社導入やJ-SOX法対策を指揮し、インド系IT企業の代表者をした後に独立。2010年4月より現職。株式会社MORE・CALのホームページ。ITproにて『“抵抗勢力”とは、こう戦え!』を連載。