株式会社MORE・CAL代表取締役社長 熊澤壽

 経済危機が叫ばれる昨今、各企業は株主の手前もあって、当然のごとく投資を抑制しています。この方向性は株主にとっても企業にとっても本当に良いことなのでしょうか?

 過日、私がよく見る深夜の経済番組で日米の製造業における設備年齢の比較が報道されていました。曰く米国は10年、日本は13年ということです。「この状態が続くと生産性も低くなるうえに、最新の生産設備を有効に使いこなす能力も育たなくなってしまうので、国際競争力が低下していく」と警鐘を鳴らしていました。マスコミでよく取り上げられる、世界に誇れる素晴らしい技術力を持っている蒲田(東京都大田区)や東大阪(大阪府)の機械加工工場にある工作機械にはとてつもなく古いものが多いとのこと。職人のアイデアと技術力によって差別化しているのが実情で、購入する機械もほとんどが中古品だそうです。

 ものづくりの国でありながら、最新の生産設備や工作機械はどんどん海外に輸出し国内の製造・加工業者は旧式の設備を使っている――。それが将来の国際競争力をそぐという図式に危機感を覚えます。技術者の熟練度をそれほど必要としない高機能な生産設備や工作機械を海外に輸出すればするほど、日本のアドバンテージは低下して行くのですから皮肉な話です。

 しかしIT(情報技術)投資における日米格差は、それどころの話ではありません。「日本企業のIT投資は米国に比して10年は遅れている」とよく言われていますが、この比較はあまりにも抽象的であり根拠のない話であるとお考えの方は多いのではないでしょうか?

 実は私も以前は「日本が米国に10年も遅れているはずがない」と考えていました。CIO(最高情報責任者)として自分がIT投資で大きな成果を上げたことも理由の1つなのですが、日本発のゲームソフトや家電品、ロボット、検査装置などを見るにつけ、ソフト開発力やアイデアは世界のトップレベルにあると信じていたからです。「IT投資が10年遅れている」は現実感の無い評論でありました。

 しかしITを売る立場に変わって、多くのお客様の話をお伺いできるようになってから、「日米のIT格差は10年」という評論は決して的を外していないと確信するようになりました。多くの意見を拝聴した結果、IT部門の方々の意見や理想と、経営陣のそれとは大きくかけ離れていることが確認できたからです。本コラムの3回目で配信いたしました「派遣社員問題とIT投資」に関しても多くの意見をいただきましたが、ほとんどの方が同様に日本企業の経営層のIT投資に対する認識不足を嘆いておられました。

 実はこのコラム、前職時のインド人CEO(最高経営責任者)が、英訳して米国のお客様に配信したいと強く要望しましたので、英訳して米国に送ったのですが、その後の反響と成果を聞いた際、日米のIT投資に対する意識の違いを感じることになりました。向こうでは従業員が100人未満の小規模な企業にだけ配信したそうです。彼曰く「小規模な企業はIT担当者も1~2人しかいないので、会社全体の利益や効果的なIT投資を考える余裕も知恵も無い。このようなコラムによって啓もうし、問題意識と改革意欲を持ってもらう必要がある」ということでした。

 この事実に私は驚きました。このコラムは日本の“大企業”の幹部やトップの方々にIT投資を真剣に考えてほしいと願って書いたものです。ところが米国の中規模以上の企業にとっては「そんなことは常に考えている当たり前の話だし、人員の採用とIT投資の比較も一般的」なので配信する意味がないということなのです。

 日米の認識格差については、こんな話もあります。日本企業はITに投資して減価償却の法定耐用年数(サーバーは5年)を経過した段階で、「やっと償却が終わった、ようやくこれから利益を享受できる」と考える傾向があります。よって、10年、20年と古いシステムを使い続け、時代の流れに対応できなくなった機能だけを追加していく方法を非常に好みます。ただ、後付けの機能追加の繰り返しはシステム全体としてのバランスを欠き、結果的には抜本的なシステム開発と比して開発期間もコストも割高になってしまうケースがあります。

 一方、米国では5年を経過し、償却が終了すれば当たり前のようにバージョンアップやシステムのリプレースを行います。システム構築に1~2年を要するために、彼らは新システムを導入してからわずか3~4年で、さらに利益性の高い有効なITソリューションを模索し続けているのです。私の知る国内企業で“次世代ITシステム検討プロジェクト”を5年以上にわたって続けておられる企業があります。10年以上使用したシステムを刷新するのに、検討するだけでさらに5年もかけるという話を米国企業のIT部門の責任者や役員にすれば、彼らは爆笑するでしょう。

 これがあらゆる経費を切り詰めていった結果としてのITコスト節減策であればやむを得ないとも言えましょうが、実態としては日本の経営者は本社の間接部門などホワイトカラーの生産性にメスを入れず、古いITを使い続けるよう現場に強いているのです。それを象徴するのが売上高に対する販売管理費の比率(販管比率)の高さです。私の友人であり、ホワイトカラーの生産性向上を訴え続けておられる、宋文州氏が良く用いる数字に、日米企業の販管比率の格差があります。同氏によると米国の上場企業の販管比率は15%ですが、日本の上場企業の平均は24%だそうです。9ポイントもの差があるわけですが、これに対して、IT投資の売上高に占める比率は通常せいぜい1%、多い企業でも2~3%でしょう。

 これらの話を一言で総括すれば、「必要最低限のIT投資」の認識が日米の企業で、まるで異なるのです。日本企業は、「忙しくなった」「新しい法律ができた」「会計制度が変わった」「買収を行った」「子会社を統廃合することになった」「ハードウエアが老朽化した」「システムサポートが無くなった」といった困った問題が表面化してからITに投資する「泥縄式スタイル」に陥っています。
 
 15年前に海外とのビジネスなど皆無だった企業が現在は進出しているケースは多いと思います。15年前に戦略的IT投資として多言語・多通貨・コンソリデーション(統合)・コンプライアンス(法令順守)対策に対応できるERP(統合基幹業務)などのシステムの導入を進めていた企業がどれくらいあるのでしょうか?

 自分たちの会社は将来どの方向に向かって行くのか?という大方針があり、そのためにどのようなITシステムを構築すべきかを考える――。このような習慣を持たない限り、日米の10年のIT格差は埋まりません。IT戦略はそのまま企業の経営戦略です。

熊澤 壽(くまざわ ひさし)
独立系IT・ビジネスコンサルティング企業、株式会社MORE・CAL代表取締役社長
熊澤 壽(くまざわ ひさし) 1957年生まれ。CSKを経て、1985年にネミック・ラムダ(現TDK-Lambda)入社。同社にて取締役マーケティング本部長や海外子会社社長、執行役員BPR推進室長、執行役員情報システム本部長、執行役員管理本部長を務めERPの全社導入やJ-SOX法対策を指揮し、インド系IT企業の代表者をした後に独立。2010年4月より現職。株式会社MORE・CALのホームページ。ITproにて『“抵抗勢力”とは、こう戦え!』を連載。