多様なセンサーから取り込まれる実世界のデジタルデータが急増している。ITは今、そうした実世界のデータをどん欲に取り込み始めている。実世界とサイバー世界が緊密に結合されたシステムを「Cyber-Physical Systems(CPS)」と呼ぶ。今回は、CPSの可能性と、その課題について考えてみる。

CPSのイメージを先取りする国内事例

 最初に、日本におけるCPS(サイバー-フィジカル・システム)への取り組みに関する事例を紹介する。なお、詳細については、2011年2月3日に開催される情報処理学会のシンポジウム「ソフトウェアジャパン2011」の場に譲ることにしたい。

【コンビニの消費電力削減】
 東京大学生産技術研究所の特任研究員である馬郡氏は、コンビニエンスストア「Lawson」において、各部位の電力消費や温度など、極めて多数のパラメーターセンシングを1年以上実施した。その結果から、電力消費がとりわけ多い要冷機器に着目し、その適切化を図ることと、日内変動を考慮して照明機器をプロアクティブに制御することにより、10%以上の電力消費削減が達成可能だと報告している。

 馬郡氏は、環境問題が大きく取り上げられる前から、徹底した計測実験を積み上げてきた。1分間隔での長期にわたる詳細なデータの蓄積は珍しいと言えよう。この精細な観測により、問題が明確に把握できるようになると同時に、膨大なデータの解析を基に極めて有効な手を打つことが可能になる。

 このようにデータに裏打ちされた定量感のある実世界の制御が、CPS(サイバー-フィジカル・システム)の大きな特徴である。

【海運事業の省エネ化】
 海運事業を展開する日本郵船は、CPS的システムを構築しており注目されている。同社が保有する800艘近い船舶にデータ収録装置を具備し、現在地・船速・回転数・燃費・海気象など、運行時の多様なセンサー情報を収集している。それらの情報を分析・解析することにより、運行にまつわる問題が明らかになり、より効率的運行が実現されつつある。従来、何週間にもおよぶ運行記録は必ずしも十分に活用されてこなかった。

 海運事業では近年、石油価格の高騰から、いかに燃費良く運行するかが大きな課題になっている。また海運の二酸化炭素(CO2)排出量は無視できないほどに大きく、その低減は環境問題の観点からも重要な課題である。これら二つの意味で、効率的な運用が重要課題だととらえられている。荷動量は年々増加の一途をたどっているだけに、その省エネ化は地球にとって重要な課題だ。

 船上のデータは、1時間ごととはいえ、リアルタイムに地上センターに送られる。蓄積されたベストプラクティスと比較し燃料の使い過ぎが報告されると、それが改善すべきものであるのか、やむを得ないものかなどがフィードバックされる。

 航空機の航路が、おおむね固定されているのに対し、船の海路は自由度が高く多様な最適化が可能である。物理空間を航行する船に対し、その多様な情報をサイバー空間で徹底的に解析し、船を制御するという壮大なシステムが稼働しつつある。

系の振る舞いを、より丁寧に把握する

 これらの事例から明らかなように、そもそも実世界における系の振る舞いは、これまで必ずしも丁寧に把握されてこなかったのに対し、近年のセンサー技術の進歩により膨大なセンサー情報が取得できるようになってきた。

 そのセンサー情報をサイバー空間上における計算資源を利用し、高度に解析すると共に、解析結果を元に、実世界の系に働きかけることにより、多大な効率化が実現できるような時代になったのだ。その有効性は、上記以外にも色々な事例において実証されつつある。