著者に聞く

「このままでは日本は一人負け 2015年までにデジタル教科書普及を」

 この本を緊急出版したのは、このままでは日本の一人負けになってしまうという危機意識があったから。

 スイスの国際経営開発研究所(IMD)によると、かつて1位だった日本の産業競争力は、今では27位まで落ちている。どうすれば立ち直れるのか。長期的には人材、教育で支えていくしかない。その一つの手段が「デジタル教科書」だと考えている。

 今年に入って政府が2020年までに情報端末を全児童に配布しようと動き出した。しかし2020年では遅すぎる。韓国は2013年、フランスも2011年に全児童に配るという。ウルグアイでは、かつて私がMITメディアラボにいたころに提唱した「100ドルパソコン」構想に沿って、すべての児童に配り終えたと聞いている。

 日本は、比較対象の国によっては10年も遅れてしまい、次の世代の競争力がここで決まる。そこで7月にゲーム会社や放送局、出版社など幅広い企業に呼びかけ、教育の情報化を目指す民間団体「デジタル教科書教材協議会」を立ち上げた。ここでは「2015年までに全児童にデジタル教科書を配布」という目標を定めた。

 これまでの日本の教育は、工業化社会が求める人材に沿って、知識を効率的に教える形を取ってきた。言わば“放送型”の教育だ。しかし今の産業界が求めるのはコミュニケーション力を持った人材。お互いが考えあったり教えあったりする“ネット型”の環境が重要になる。そのための有力なツールがデジタル化だ。

 デジタル教科書を批判する声も根強い。一番多いのは、デジタル教科書を電卓のようにとらえてドリルのように使い、先生がいらなくなるという指摘。それは誤解だ。デジタル化は答えのない多様な世界に乗り出すこと。あくまで手段の一つであり、紙をすべて置き換えるわけではない。

 デジタル教科書の普及に向けては、開発、普及、コストの三つの課題がある。まずどんな端末やコンテンツの仕様が必要なのかがポイントになる。協議会では年度末に端末の要件をまとめたガイドラインを出す計画。普及に向けてはたくさんの事例を生み、現場の先生の理解を得たいと考えている。最後の全児童に配布するコストは大きな問題だ。まだ答えは見えていない。

 デジタル教科書普及のためには、「光の道」のようなブロードバンド利用率100%の環境も必要だと考えている。デジタル教科書を家に持ち帰ったほうが、学習の広がりが生まれる。家からクラウドを使って宿題を提出するような環境も必要ではないか。そうなるとクラウドやネットワーク整備の市場も広がるだろう。

中村 伊知哉(なかむら いちや)氏
慶應義塾大学大学院教授
デジタル教科書協議会副会長兼事務局長
1961年生まれ。84年郵政省入省。98年MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長。2006年より慶応義塾大学教授。
デジタル教科書革命

デジタル教科書革命
中村伊知哉/石戸奈々子著
ソフトバンククリエイティブ発行
1680円(税込)