プライバシや著作権などの権利を侵害した情報がネット上で発信されるケースが増えている。被害者がプロバイダに発信者情報の開示を請求できる権利を定めたのが「プロバイダ責任制限法」だ。今回は,被害者の請求で情報開示義務を負うプロバイダの規定について説明しよう。

 2002年12月に,インターネット接続サービス「So-net」の会員が,エステティックサロンTBC(東京ビューティセンター)の顧客情報(ファイル名は「TBC流出顧客情報完全版」)を,ピア・ツー・ピア型ファイル交換ソフト「WinMX」を使って誰もが共有できる状態にした。2002年5月にTBCのホームページで,氏名や年齢,住所などを含む個人情報(顧客がホームページ上に入力した問い合わせデータなど)が流出。会員は,この流出情報をWinMXを使ってインターネット上に公開していた。

 自分の個人情報がインターネット上に公開されていることを知った被害者たちは翌2003年,So-netを運営しているソニーコミュニケーションネットワーク(SCN)に,情報を公開した会員の住所・氏名を開示するよう求める訴訟を東京地方裁判所に起こした。「情報が公開されたことでプライバシの権利が侵害されたために,プロバイダ責任制限法(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律)が定める発信者情報の開示を請求する権利がある」というのが,被害者たちの主張だった。

 この裁判でSCN側は,「電子通信事業者としては,発信者のプライバシや表現の自由に十分配慮する必要がある」とする立場をとり,

(1)SCNが管理・運営するサーバーに蓄積された情報がホームページや掲示板で公開される場合と異なり,WinMXではパソコン間で1対1で直接ファイルをやりとりする。このため,プロバイダ責任制限法が適用対象とする「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信(特定電気通信,2条1号)」には当たらない

(2)SCNは単なる経由プロバイダに過ぎないため,プロバイダ責任制限法が適用対象としている「特定電気通信設備を用いて他人の通信を媒介し,その他特定電気通信設備を他人の通信の用に供する者(特定電気通信役務提供者,2条3号)」にも当たらない

――という2つの理由で,「SCNは発信者情報の開示義務を負わない」と主張し,請求の棄却を求めた。

 東京地方裁判所は,こうしたSCNの主張を認めずに,SCNに対して発信者情報の開示を命じた(東京地方裁判所2004年1月14日判決,金融・商事判例 1196号39頁)。SCNは控訴したが,東京高等裁判所も,

(1)プロバイダ責任制限法が適用対象としているのは,プロバイダが管理・運営するサーバーに情報が存在する場合に限っていない

(2)同法は,開示請求の条件を限定することで,情報発信者の通信の秘密やプライバシに配慮している。このため,発信者の通信の秘密やプライバシを守るという理由で,発信者情報の開示を制限する必要はない

(3)WinMXによるファイル共有は,不特定多数の者がアクセスできるため,2条1号の「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信」に該当する

(4)SCNの電気通信設備は「当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備」(2条2号)に当たるので,SCNはプロバイダ責任制限法が定める「開示関係役務提供者」として,発信者情報開示請求の対象となる

――と判示し,SCN側の控訴を棄却した。(東京高等裁判所2004年5月26日判決,判例タイムズ1152号131頁)