2010年11月27日、Androidアプリケーションのユーザビリティに関するセミナーイベント「Android Usability Seminar 2010」が都内で開催された。Androidアプリのコンテスト「Android Application Award 2010-2011 Winter(A3)」の一環として開かれたもの。ユーザビリティ調査に関する考え方や、Flashを活用したAndroidアプリ開発の実際に関する4件の講演が行われた。以下、それぞれのハイライトを紹介する。

写真1●Android Usability Seminar 2010 会場
写真1●Android Usability Seminar 2010 会場
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Suica改札機を実例に語る、ユーザビリティ調査の極意

 1番目の講演は、山中俊治氏(慶應義塾大学大学院教授、LEADING EDGE DESIGN代表、写真2)による「使いやすさをデザインするということ」。この講演のハイライトは、Suica改札機のユーザビリティ調査の記録映像を使った解説であった。「(今までにない)新しいものをデザインするとき、デザイナーの直観はだいたい間違っている」と山中氏は指摘する。「そこでユーザビリティ・テストが重要となる」(山中氏)。

写真2●慶應義塾大学大学院教授 LEADING EDGE DESIGN代表 山中俊治氏

 1990年代半ば、ICカードを使ったSuica改札機の開発は暗礁に乗り上げていた。大多数の利用者が使い方を理解しなかったためだ。そこで山中氏の提案により、1996年、田町駅構内でユーザビリティ調査を実施した。その記録映像を見せながら、「利用者の中に一回メンタル・モデルが間違って構築されてしまうと、それは修正されない」ことを説明した。記録映像を見ると、「アンテナ位置にカードをタッチして一瞬静止させる」という動作を理解しない利用者が多いことが分かる。例えば利用者がSuica用のアンテナの場所を間違えて覚えてしまうと、その後で正しい場所に触れることはない。またカードを「タッチする」のではなく、素早くスキャンさせようとしてしまう人もいる。駅員に定期券を見せるようにカードを機械に「見せて」通ろうとする利用者もいる。

 そこで次のような改善を施した(写真3)。人は、自分の方を向いているものには目を止める。そこでアンテナ部分にわずかな傾きをつけ、アンテナ部分が人を向くようにした。また人の目は光るものに目が留まる。そこでリング型のライトでアンテナ部分を囲み目立たせる一方で、それ以外の場所は光らせないようにした。

写真3●ユーザビリティ調査から引き出したSuica改札機のデザイン上のポイント
写真3●ユーザビリティ調査から引き出したSuica改札機のデザイン上のポイント
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 このような改善を経て、2001年11月にSuica改札システムが運用を開始した。結果、「僕がデザインしたものの中でユーザーが一番多いプロダクトになった」(山中氏)。なお、山中氏のBlogでも、Suica改札機の経験が綴られている。

 山中氏がまとめたユーザビリティ調査のポイントは次のようになる。

(1)一期一会と考え、周到に準備する。
 ユーザビリティ調査は手間も時間もかかることから、2度と実施できないものと考えた方がよい。複数の記録装置を用意し、観察者も多数用意する。また分単位のタイムテーブルとマニュアルを整備し、円滑に進行できるようにする。被験者が「準備が整うまで待たされる」ような事態を避ける。

(2)テスト(調査)は企画の一環である。
 製品開発の最終確認の場ではない。仕様が固まってからテストするのでは遅い。難しいことだが、フレキシブルなプロトタイプを用意する。

(3)小数の被験者を丁寧に観察する。
 もし予算が少ない場合、テスト項目を減らして被験者の頭数を揃えるようなことをしてはならない。むしろ直接の関係者ではない被験者を1人、2人を丁寧に観察した方がよい。

(4)参加することに意義がある。
 キーパーソンは往々にしてテストに参加せず報告書で知ろうとするが、そうではなく立ち会うことに意味がある。そうでない場合、テスト結果よりも企画会議で発言力がある人の意見で使い勝手が決まることになる。キーパーソンがクライアントであったりすると難しいことだが、なんとかしてテスト現場に立ち会ってもらうことが重要である。

 山中氏の講演は、Suica改札機以外にも、自身で執筆したマンガ原稿を見せたり、ハイテク以外の分野としてキッチンツールのデザインの話題を取りあげるなど、幅広い活動の一端を垣間見ることができる内容であった。「Android端末に触ったのは今日が初めて」と話す山中氏だったが、会場を埋めた参加者たちは氏の講演に聞き入っていた。