*本記事は,日経エレクトロニクスが2010年6月に発行した別冊「電子書籍のすべて」に掲載した内容を一部抜粋したものです。記事は,執筆時の情報に基づいており,現在では異なる場合があります。

米国の電子書籍市場をAmazon.com社とともに牽引してきたソニー。2010年12月10日に,いよいよ国内市場にも再参入する(関連記事)。同社において電子書籍ビジネスを統括する米Sony Electronics社の野口氏が,米国での事業を振り返る。


図1 文字の文化は極めて古い。古代は石に文字を書き,グーテンベルグの活版印刷の発明で本が普及。そして今,電子書籍が普及の時を迎えた。
図1 文字の文化は極めて古い。古代は石に文字を書き,グーテンベルグの活版印刷の発明で本が普及。そして今,電子書籍が普及の時を迎えた
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 図1は,私が電子書籍事業に携わることになった際,部下に対して最初に示した図である。我々は何をするのか,何を目指すのか,ということを伝えるために示したものだ。

 映画というコンテンツの産業は,誕生から100年経っていない。音楽も,蓄音機が登場して200年は経っていない。ところが,文字の文化というのは,人間が知識を持ってからずっと育ててきたものだ。文字が存在したからこそ人類が発展してきたと言えるほど,大事なコンテンツである。

 今起きていることは,その文字の文化が,かつて“石”から“紙”に置き換わっていったのと同じくらい,大きな変化なのである。

今まさに変化の時

図2 電子書籍ビジネスが引き起こす変化
図2 電子書籍ビジネスが引き起こす変化
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 電子書籍のビジネスは,米国を中心に急速に広がっている。それによって,米国では今,さまざまな変化が起きている(図2)。例えば,ビジネスモデルやユーザーのライフスタイル,ユーザーの価値観の変化である。

 さらに,産業構造の変化も起きている。新たな市場が立ち上がる時はどんな業界であっても同じだが,影響を受けるところもあれば,逆に新たなビジネスチャンスをつかめるところもある。

 今米国で起きていることが,そのまま日本にも当てはまるのかといえば,必ずしもそうではない。著作権の考え方も違えば,再販制度もある。ビジネスの仕組みも違う。ただし,日本でも大きな変化の時に差し掛かっていることだけは間違いない。

 例えて言えば,明治維新の幕末に近いのかもしれない。黒船が来て,薩長連合が立ち上がり,自分たちの国をどうするのかを考えたのと同じだ。将来になって振り返ってみれば,今の時期はまさに重要な局面だったということになっているだろう。

Kindle登場で市場が活性化

図3 2004年に国内で「LIBRIe」を発売した。米国では2006年から販売を始めた。Kindleの写真は本誌が追加した。
図3 2004年に国内で「LIBRIe」を発売した。米国では2006年から販売を始めた。Kindleの写真は本誌が追加した。
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 ソニーにおける電子書籍事業の経緯を振り返ると,まず2004年に日本で電子書籍端末「LIBRIe」を発売した(図3)。うまく立ち上がらなかったものの,振り返ると,この商品から学んだことも多かった。

 そして,米国に事業の軸足を移し,2006年10月に「PRS-500」を発売した。私がこの事業を担当し始めたのは,その3カ月後の2007年1月からだ。そのとき初めてこのPRS-500を手にして,面白い製品だと思った一方で,魅力を感じない部分があったのも事実だ。

 電子書籍端末のような携帯機器は,持ち歩いて使うものである。そのため,人に見せびらかしたくなるようなセンスのある商品であることが重要だ。そこで,デザインにこだわった製品を作ろうということで,2007年10月に「PRS-505」を投入した。筐体全面を,1枚のアルミ合金で作ったものである。つなぎ目がなく,質感の高い商品だ。この機種は2年間売り続け,最後まで売り上げが落ちなかったなど,ユーザーに非常に支持された。

 2008年10月には,初めてタッチ・パネルを搭載した電子書籍端末「PRS-700」を発売した。電子ペーパーとタッチ・パネルの組み合わせが本当に使いやすいのか,商品を作ってみないと分からないということで開発した。頭で考えるのと,実際に商品を出してユーザーの評価を聞くのとでは,大きな違いがある。

 米国の電子書籍市場では,我々がPRS-505を発売した後,2007年11月に米Amazon.com,Inc.の「Kindle」が登場してきた。その存在は非常に大きなものだった。Kindleの登場で,市場が急激に活性化したからだ。

 やはり,1社だけで事業を展開していると,なかなか市場は立ち上がらない。しかし,複数の企業が出てくるとユーザーにとっても安心感が生まれる。それは,出版社にとっても同じだ。ソニーとAmazon.com社が競い合うことで,コンテンツの提供についても協力的な姿勢になった。

ペーパーバックを意識

 我々は2009年に,電子書籍端末を3機種発売した。世界の電子書籍市場に積極的に打って出るため,これらの機種から「Reader」というブランド名を掲げ,パッケージの統一も図った。我々は米国では,自らコンテンツ配信サービスも手掛けている。それは,「Reader Store」と名付けた。

――次回に続く――