首長は育児休暇を取るべきか否か、という論争がにわかに盛り上がっている。結論はともかく、“イクメン”が話題になるのはいいことだ。なぜなら男性が育児休暇を取ることの社会的インパクトは大きい。イクメンは「終身雇用、専業主婦」を基本としてきた戦後日本の雇用慣行を変え、ひいてはコミュニティや教育のあり方にも影響を与える。

イクメンが先か、雇用慣行の見直しが先か

 欧米社会ではイクメンが普通だ。そのことで家庭や会社だけでなく、コミュニティや社会のあり方も違ってくる。筆者が米国で生活していたころの見聞を基に考えてみたい。

(1)米国企業には残業や飲み会の慣行はない。日本でも働き盛りの20~30代男性が早く帰宅すると、こうした慣行はなくなるだろう。女性はもともと趣味や勉強、ショッピング、あるいは家事のためにさっさと帰宅する。オジサンだけ会社に残っても仕事にならないし、部下を連れずに飲みに行っても楽しくない。

(2)男性が残業をしない、あるいは男だけで飲みに行く機会が減ると、「女性だから出世できない」といったハンディは薄れるだろう。また男性の育児休暇が常態化すれば、「女性には管理職は無理」といった人事上の差別や配慮もなくなっていく。

(3)女性の管理職が増えると働く女性の平均所得は上がる。いずれ高い所得やポジションが得られるとわかれば、子供ができても仕事を続ける女性が増えるだろう。妻の稼ぎを目当てに喜んでイクメンになる男性もでてくる。

(4)「専業主婦のほうが子どもをたくさん産む」というのはひと昔前の話だ。先進国では女性の就職率があがると出生率が上がる。子供をたくさん育てるには教育費がかかる。ダブルインカムで夫がイクメンだと出産後の不安がない。かくしてイクメンブームは出生率を上げるだろう。

(5)夫がイクメンになると子どもとの接触が増え、特に思春期に親によく相談をするようになる。母も仕事をすることで社会経験が広がり、狭量な“お受験”文化に染まりにくくなるのではないか。家計に余裕ができると教育費もかけやすくなり、優秀なよい子が育ちやすくなるかもしれない。

(6)イクメンは会社どっぷりの生活に染まらない。授業参観やPTAに参加する。おやじの会や地域の集まりにも、顔を出すようになる。NPO(非営利組織)活動にも参加し、定年後も地域への復帰がしやすくなる。老後には会社以外の世界で活躍できるだろう。会社の世話にならずに早めに第2の就職先を探そうという人も増える。

 以上、「風が吹けば桶屋がもうかる」風にイクメンの長所を挙げてみた。実際は“ニワトリが先かタマゴが先か”的な要素が強く、イクメンをやるだけで企業の姿勢や世の中の慣行が変わるわけではない。また、短所もあるだろう。だがイクメンは社会システムを変える突破口になる可能性を秘めている。

昔“徴兵”、今“イクメン”

 かつて20~30代男子の社会的責任は「出征」だった(領土拡大、資源確保)。戦後は会社への「忠勤」に変わった(GDP成長、外貨獲得)。そして今、それが「イクメン」に変りつつあるのではないか(女性の能力開発、人口確保)。

 これからは、育児だけではなく、介護も含めた弱者を助ける作業に男性が時間を使う時代になる。逆に女性にはもっと仕事の機会を提供することが求められる。イクメンが簡単に成り立つ社会というのは、実は「新しい公共」が成り立つ社会に限りなく近接すると思う。

上山 信一(うえやま・しんいち)
慶應義塾大学総合政策学部教授
上山信一

慶應義塾大学総合政策学部教授。運輸省,マッキンゼー(共同経営者)等を経て現職。専門は行政経営。2009年2月に『自治体改革の突破口』を発刊。その他,『行政の経営分析―大阪市の挑戦』,『行政の解体と再生』,『大阪維新―橋下改革が日本を変える』など編著書多数。