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 東京・新宿にある旧KDD本社ビル(現KDDIビル)。その入り口の脇に、デンマークの童話作家であるアンデルセンのモニュメントがあるのをご存じだろうか。これは、1871年に長崎とウラジオストクを結ぶ日本初の海底電信線をデンマークのグレート・ノーザン電信会社(現GNストア・ノードA/S)が敷設したことを記念して、1974年の同ビル竣工時に設置したものだという。

 モニュメントの正面には、5枚のレリーフが貼り付けてある。これは、アンデルセンが残した切り絵を基にしたもの。左からそれぞれ、「おろか者」(A Fool)、「太陽」(The Sun)、「風車夫」(A Mill-man)、「風船」(A Balloon)、「魔女」(A Witch)を表しており、ユニークな造形が面白い雰囲気を醸し出している。

 旧KDDのパンフレットにある「風車夫」の項の説明には、「このパターンはアンデルセン自身を模したといわれており、いきいきとした線は、フレデリック7世当時の誇り高きデンマーク市民を表現しています」とある。風車夫自身が風車になっているようで、なかなかファンタジックな形をしている。

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 このモニュメントの裏側に回ると、そこでも、さらに5枚の別のレリーフを見付けることができる。こっち側は、左からそれぞれ「道化師」(A Clowin Dancer)、「小さな宮殿」(A Small Palace)、「プリマドンナ」(A Prima Ballerina)、「中国の宮殿」(A Chinese Palace)、「踊り子」(A Dancing Girl)だ。3つの顔、6本の腕、8本の足を持つこの怪物がプリマドンナとは驚きだが、前述のパンフレットには「アンデルセンの悪魔的な作品のひとつ」との説明がある。

 このレリーフは、デンマーク王立美術アカデミー教授で彫刻家のヤン・ブール氏が来日し、5カ月間かけて作ったものだという。

 また、アンデルセンの晩年の童話「大きなうみへび」には、大西洋に敷設された世界最初の海底電信線が登場する。タイトルの大きなうみへびが、まさに海底電信線のことだ。

 この童話は、ある日突然、上の方から沈んできた長い長いケーブルに対して、これはいったい何なのかと推測したり、攻撃を仕掛けたりする海の生物たちの物語。きっとアンデルセンは、もし海の生物たちが種の違いを超えて互いに話ができたら、海底電信線の敷設に対してきっとこんなふうに大騒ぎになっただろうと想像しながら、この童話を作ったのであろう。

 もっとも、大きなうみへびの最後にはこんな記述もある。「それは力をまし、広くひろがって、年ねんのびていき、すべての大洋をわたり、地球をめぐります」(小学館発行、高橋健二訳「アンデルセン童話全集5」より)。「それは」が指し示すのは、もちろん大きなうみへび、つまり海底電信線だ。19世紀の後半、世界最初の海底電信線敷設に際してアンデルセンは、海の生物たちの大騒ぎだけでなく、今日のような世界中に情報が駆け巡る未来をも想像していたのかもしれない。