中国にとっての大イベント、上海万博は入場者数も目標を超え、成功裏に終わった。上海市民は口々に言うが、万博開催は終わりではなく中国の始まりを意味する。今後も環境や文化の変化が期待される中国。日系企業としても現地の人たちとうまく付き合っていきたい。今回は日系企業の情報管理者の立場から、社員にルールを守ってもらう方法を考えてみる。

設備品と情報を守れ!

 筆者は上海で多くの日系企業を訪問するが、よく耳にするのが社員管理の難しさだ。これは情報セキュリティ超えた範囲となることが多い。例えば、社屋に設置された備品や金具を無断で持ち出し、雑貨屋や金物屋に売ってお金に換えてしまうといった被害を聞く。

 医療品を扱う工場内では、私物の持ち込み禁止や工場内での飲食禁止など、あらゆる雑菌から製品を守るための措置が必要になる。社員は組織のルールを順守しなければならない。ルール違反をした場合は、内容によっては即解雇となる。しかしながら、上海の日系企業では工場内で飲食が行われるケースが後を絶たない。人事担当者は解雇を通告するものの、結果として裁判沙汰になることが多く、何度も裁判所に出向くといった手間が発生しているようだ。

 日本国内では一般常識とされることが通じないことがあるのが現状である。特に都市部から離れた地域では働き口が多く、雇われる側の売り手市場となっている。このことが、ルール違反の問題に拍車をかけているようだ。

 管理者は、そのうえで情報を守るための措置を求められる。最近では中国国内でも情報の不正取引は頻繁に行われている。狙いは、情報の転売のほか、転職先への情報提供、匿名掲示板での情報公開による満足感といったことだ。さらに、組織立って情報を取り扱う者もいる。これは、日本の名簿業者とあまり変わらないようだ。例えば自動車会社の顧客情報を手に入れた場合、同業者である別の自動車会社に販売する。情報を購入した自動車会社は顧客の範囲を広げることができる。情報というものは様々な形に変化し、コピーが容易で、盗まれても気付きにくいという特徴がある。情報の特徴を考慮するとともに、中国文化を取り入れた社員管理を考える必要がある。

中国文化を考慮した社員管理

 人をどう管理していくのか。方法は大きく2つある。

 一つめはトップダウン方式。組織の管理者から「それはルールで禁止されている」ということを明確にして問題行動を無くす方法だ。ただし、管理者が日本人ではなく現地採用者の場合、一切話を聞いてもらえずに困っているという事例も聞く。一方で成功する例は、大きな組織よりも人数の少ない小規模な組織の方が多い。小規模な場合、支店長や社長、副社長が情報セキュリティや社内ルールの管理者となる。組織の管理者が率先してルール遵守を推し進めることで、組織内全体に声が届きやすくなり、なおかつ現地採用の社員も話を聞き入れることが多いようだ。

 二つめは、日本の文化を持ち込まず、中国の文化に合わせて現地社員とうまく付き合うこと。基本的に中国には『会社のために仕事をする』という考え方はない。立場上は組織よりも個人のほうが強いとされることのほうが多い。

 組織としてルールを守らせるには、中国人の考え方を理解しなければならない。中国人の特徴として、自分と他人との境界線がはっきりしており、その境界線が複数存在している。筆者が上海にいて感じることだが、中国人は赤の他人に対して全く関心を示さない(子供と老人に対しては例外)。だが、『仲間である』と認識されるとこのうえなく親切にされる。この親切心や行動は、日本人以上に積極的なものだ。この境界線の究極が、家族であり、中国人は誰よりも家族を最優先とする文化がある。

 組織の管理者としてその家族の境界線の中に入ることは不可能だが、赤の他人から一つ境界線を越えることで、人と人とのつながりを強められる。社員は「会社のため」ではなく「信頼できるあなたのため」に仕事をするのだ。ルールや情報を守る上で非常に重要であり、管理者としては非常に仕事がしやすくなることだろう。社員がルール違反を犯したとしても、信頼を得ている社員が報告してくれたという事例を聞くことは多い。

 組織の管理者として、強い圧力をもってルールを押し付けるのも一つの方法だが、仕事を共に進める仲間という意識を持って接してみてはいかがだろうか。ぜひ組織の規模、環境にあった方法を見つけ出してほしい。


富田 一成(とみた・いっせい)
ラック ビジネス開発事業部 セキュリティ能力開発センター
CISSP、CISA

このコラムでは、上海に拠点を置くラックのエンジニアが現地で体験したことを基に、中国のセキュリティ事情と、適切なセキュリティ対策について解説します。(編集部より)