本格的な“情報爆発”時代を迎え、企業や社会における情報活用戦略は大きく変わろうとしている。そしてテクノロジーは、新たなテーマに挑み始めた。“スマートシティ”に代表される新社会インフラだ。その中心に位置するスマートグリッドのインパクトについて、ITリサーチ最大手の米ガートナー リサーチのバイスプレジデント兼最上級アナリストであるザルコ・スミック氏に聞いた。(聞き手は志度昌宏=ITpro

日本でも、スマートグリッドなどの実証実験が始まっている。ただ、電気やガス、水道といったユーティリティにおいては、日本はすでに「高品質なインフラを実現できている」といった自負がある。

 日本の実状も理解しているが、世界のどの国も、「自国のユーティリティは優れている」と考えている。米国でのスマートグリッドの背景に、送電網などの老朽化があったことから、エネルギーが正しく届けられるといった“品質”問題を第一に考えているためだろうが、スマートグリッドが生まれた背景は、それだけではない。

 ユーティリティ事業のビジネスモデルは、過去変わってこなかった。IT業界では今、「クラウドコンピューティング」が話題だが、ユーティリティ事業では100年以上前から、エネルギーを“クラウド”として提供してきたのだ。

 その前提は、「エネルギーは枯渇しない」という考え方だ。だから、発電方法や送電方法などに関わらず電力は電力であり、一山いくらといった値付けしかされていない。つまり、電力に関する情報は一切ないわけで、結果としてその消費においても非論理的な行動が生まれてしまう。

エネルギーに“情報”を付加する

 しかし今、その前提は崩れた。将来の需要増化を考えれば、エネルギーは有限であり、エネルギー効率を高めることが、これまでになく重要になってきた。ユーティリティ業界にすれば、エネルギーそのものだけでなく、各種の情報をマネジメントする必要性が高まってきたわけだ。

 その意味で、スマートグリッドには二つの意味がある。一つは、既存のユーティリティ事業のサポートだ。モニタリングによって不良を回避したり事故を解消したりする。つまり、テクノロジーによって、電力会社の支出を削減する。

 もう一つが、エネルギーの持続可能性を高めることだ。エネルギー商品に情報の概念を持ち込むことで、消費量を抑えたり、CO2排出量を削減したりする。情報があれば、一般消費者に選択権が与えられる。

 例えば米国の人口は全世界の5%だが、エネルギーでは世界の25%を消費している。こういったアンバランスを回避するために、政府が45億ドルを、民間と併せて総額81億ドルを投資する。同様の流れが、英国やカナダ、オーストラリア、ドイツ、オランダなど世界に広がっている。

エネルギー効率やCO2削減の観点では、太陽光発電や電気自動車(EV)などへの関心も高まっている。

 再生可能エネルギーやEVが、ユーティリティ業界に与えるインパクトは決して小さくない。これまでの電力事業は、できるだけ大きな発電施設を消費地から遠く離れたところに設置し、利用者に届けてきた。ところが、太陽光や風力といった再生可能なエネルギーでは、小さな発電・配電設備を利用者のすぐ近くに設置できる。つまり、ネットワークインフラが大きく変わるわけだ。

 そこにEVなどが加わると、電力源も蓄電設備も利用者の側にあることになる。従来は消費するだけだった個人が、そこでは余剰電力を電力会社に販売するケースも出てくる。エネルギーの流れそのものが変化する。利用者の近くにできる環境は「マイクログリッド」と呼ばれている。

 マイクログリッドが広がってくれば、ユーティリティ事業者と顧客の関係も変わるし、デリバリーの仕組みも変わっていく。そこでは、ITとOT(オペレーションテクノロジー)とが重要になってくる。

 例えば、現行の原子力発電や火力発電は、発電量をコントロールできる。しかし、これから増えるであろう太陽光発電や風力発電は、そのコントロールができない。この点だけをとっても、複雑なマネジメントが必要になることが分かるだろう。