Q ある日の昼前から,突然右の耳がよく聞こえなくなりました。ずっと様子を見ていますが改善しません。耳の奥でセミが鳴いているような高音が聞こえますし,少し頭痛もあります。高血圧などの持病はありませんが,最近プロジェクトが忙しく,ストレスや疲れは感じています。(女性,38歳,SE)

 質問者のように,突然起こる難聴を「突発性難聴」と言います。どちらか片方の耳に発症することが多く,両側に発症することはほとんどありません。軽度の「耳閉感」(飛行機内の圧迫感のような感じ)のみを訴える人もいますし,難聴と耳鳴り,めまいが併発する場合もあります。

 耳は外側から,外耳(外耳道),鼓膜,中耳,そして頭蓋骨に埋まっている内耳から成っていますが,突発性難聴は内耳にある「聴神経細胞」(音信号を電気信号に変えて脳に伝える神経)の障害によって起こる,と考えられています。

 障害を起こす原因としては,主に2つの説があります。1つは内耳に流れる血管の循環不全説(動脈硬化,血管のけいれん,微小血栓による血管閉塞など)です。この説によれば,動脈硬化を起こしやすい糖尿病や高血圧などの持病があると内耳の細い血管にまで動脈硬化が及んでいる可能性があるので,発症の可能性が高まることになります。もう1つは,細菌やウイルス感染による炎症説です。突発性難聴の患者には,おたふく風邪やはしか,水疱瘡などにかかった経験のある人が多いことがその根拠になっています。

 いずれにしても,過度なストレス状態(働き過ぎ,睡眠不足,心理的な負荷など)による全身の循環不全や体力低下が,この病気の背景にあることは確かです。質問者の場合も,体力低下が遠因になっていると考えられます。

 突発性難聴は,とにかくできるだけ早く専門医(耳鼻科)による治療を開始することが大切です。治療開始が早いほど回復する可能性が高いからです。

 実際,発症から1週間以内に治療を開始すれば,半分の人はほぼ回復します。また,聴力障害の程度が軽い人や低音域が聞こえにくいタイプ,軽い耳鳴りを伴うタイプも回復しやすい傾向にあります。

 逆に,発症後2~3週間が過ぎてから治療を開始した場合,症状が固定化してしまう傾向が強くなります。また,高齢者やめまいを伴うタイプも,直りにくい傾向にあります。

 突発性難聴の治療は,だいたい2週間くらいかかることが多く,3週間以上に及ぶ場合もあります。治療には,内耳の循環障害を改善するための「血管拡張剤」や「抗凝固剤」を使います。「代謝賦活剤」や「向神経ビタミン剤」,「ステロイド剤」を併用することもあり,高濃度の酸素を吸入する「高気圧酸素療法」を行う場合もあります。「ヘルペスウイルス」との関連性を想定して,ステロイド剤のほかに「抗ウィルス剤(ゾビラックス)」を使った治療を行う医療機関もあるようですが,これは今のところ保険がききません。心理的ストレスが強いと考えられる場合や不眠状態の改善のために「精神安定剤」を併用することもあります。

 治療のためには,まずはよく安静を取り,睡眠を確保しなければなりません。同時に高血圧などの持病があるときには,その治療もしっかりと行う必要があります。

浜口伝博
産業医
産業医科大学医学部卒業,専属産業医として東芝,日本IBMに勤務し,産業医活動のほか,健康管理システム開発を手掛ける。2005年9月からハマーコンサルティング代表。日本産業衛生学会理事,日本橋医師会理事,産業医科大学非常勤講師。著書は「健康診断ストラテジー(バイオコミュニケーション,共著)」など多数。日本産業衛生学会認定指導医,労働衛生コンサルタント