読者の皆さんがお勤めの会社でも所定外労働時間、いわゆる残業が長時間に及ぶことが常態化している職場が多いのではないでしょうか。そうした環境で心筋梗塞や脳卒中を起こして突然死した場合、いわゆる「過労死」ととらえられます。同様に長時間に及ぶ残業を苦にして自殺した場合には「過労自殺」といわれます。

 このような健康を害するほどの長時間残業を最近では「過重労働」と呼び、行政が企業に対策を打つよう求めています。週40時間の法定労働時間を超えて1カ月当たり100時間、もしくは2~6カ月の月間残業時間が平均80時間超の場合、過重労働に相当するというのが厚生労働省の定義です。

 プロジェクトの締め切り間近など、退社時刻が午後10時や11時になってしまうことがよくありませんか。実はそれだけでも、残業時間は1カ月で100時間になってしまいます。皆さんには、この程度の長残業時間では疲労を感じたとしても、それが死につながるというイメージはわきにくいかもしれません。

 なぜ1カ月当たり100時間、または2~6カ月平均で月間80時間超という基準が設けられたのでしょうか。ポイントの1つは、東京のビジネスパーソンの通勤時間が、片道平均1時間半かかることです。1日当たり5時間の残業に従事すると、勤務時間と通勤時間の合計で16時間以上、会社に拘束される計算になります。生活時間と呼ばれる残りの7~8時間のうち、睡眠に割り当てられるのは5時間以下になってしまうと考えられているのです。

 また、いくつかの医学研究によれば、睡眠時間が減ると突然死のリスクが多少高まったり、メンタル面での不調が起こりやすくなったりするとされています。これらの理由から、上述の基準が定められました。東京よりも自宅と職場の距離が近い地方でも、同じ基準が適用されています。なお、1カ月の残業が45時間未満であれば、健康障害のリスクが低くなることも厚生労働省は指摘しています。

“サービス残業”は労働基準法違反

 このような背景から、労働法令などは残業時間の短縮策を講じることを企業に求めています。例えば休暇取得を促進したり、50人以上の事業所であれば、衛生委員会による審議を毎月開催したりすることが求められます。長時間残業に従事した従業員には、本人の希望があれば医師との面接を実施することも企業には求められています。突然死してしまう可能性が無いか、メンタル面の不調に陥っていないかを確認する目的です。これを医師による「過重労働面接」といいます。

 高度成長期やバブル期の日本では、長時間残業は必ずしも非難の対象になりませんでした。一部の現場では、残業代による収入の増加が従業員に歓迎されていた面もあります。ワークライフバランスに関する意識も現在ほど高くありませんでした。しかし今後は、従来よりも厳密な時間管理が求められます。ビジネスパーソンの健康障害のリスクを減らし、ワークライフバランスを保つためです。

 実際に2010年春以降は、過重労働に準ずる段階から時間外勤務手当てが割り増し扱いになります。さらにサービス残業は労働基準法違反となります。過重労働の対策は経営上の観点からも重要性が高まるわけです。勤勉で真面目な日本人とはいえ、これからは特に健康管理の面から、過重労働対策にきちんと取り組んでいく必要があるのです。

亀田 高志(かめだ たかし)氏
産業医大ソリューションズ 代表取締役・医師
亀田高志氏写真 1991年産業医科大学卒業後、NKK(現JFEスチール)、日本アイ・ビー・エムの産業医、IBMアジア・パシフィックの産業保健プログラムマネージャー、産業医科大学産業医実務研修センター講師を経て、2006年10月、産業医科大学による産業医大ソリューションズ設立に伴い現職。職場の健康管理対策を専門とし、専属産業医、医科大学教員、ベンチャー企業経営の経験を生かし企業に対するコンサルティングサービスと研修講師を手がける。メンタルヘルス相談機関であるEAP(従業員支援プログラム)の活用にも詳しい。
産業医大ソリューションズのホームページ:
http://www.uoeh-s.com/