「パワーハラスメント」は、職権のようなパワーを背景にして、上司が部下に対して業務上の適正な範囲を超えて、人格や尊厳を継続して傷つけることを意味します。具体的な行為としては、指導と称して人格を否定するような発言をする、達成不可能と思われる目標を強要する、1つのことを執拗(しつよう)に叱責(しっせき)する、能力が無いとレッテルを張ってしまう、土下座や長時間の正座を強要する、などがあります。また、セクシャルハラスメントは性的な嫌がらせであり、パワハラの一部であると考えられるでしょう。

 パワハラ、セクハラなど、職場のいじめや嫌がらせへの対策は、マネジメント上、ますます重要な課題になっています。こうした問題が労働者の心身の不調に関係すると司法と行政が判断し始めたからです。1999年当時の旧労働省は、精神障害や自殺に対する労災認定の指針を出す際、ハラスメントとの関連づけには慎重な姿勢を示していました。

 しかし2007年からまず司法側の判断が変わり始めました。自殺をした労働者の遺族に対する労働基準監督署の不支給決定を覆す判決が相次いだのです。自殺の原因は上司による「いじめ」だったと認め、労災補償を遺族に対して行うべきだという司法判断が示されました。そのため、同年4月に厚生労働省は労災認定の判断基準を改正し「ひどい嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」といったハラスメントを具体的に表現した項目を追加しました。

 ほかにもハラスメントに相当すると見られる以下のような項目が基準に追加されています。

  • 「違法行為を強要された」
  • 「達成困難なノルマが課された」
  • 「早期退職制度の対象となった」
  • 「仕事上の差別、不利益取扱いを受けた」
特に、最後の「差別、不利益取扱い」は、昨今話題の非正規雇用の観点に注意が必要です。

上司側に自覚がないことも多い

 各企業では研修や相談窓口を設置するなどのハラスメントの防止対策が浸透しつつあります。しかし、ハラスメントの問題は一朝一夕には解決しません。その大きな理由の1つは、ハラスメントを行っている上司側にその自覚が無い場合が多いことです。「しつけ」や「本人のため」と思い込み、怒りにとらわれていることを認識しないまま、「いじめ」を繰り返してしまいます。「怒りのはけ口」を部下への「いじめ」に置き換えてしまっているに過ぎないケースも少なくありません。

 法律上、上司は部下にとって親のような存在であり、部下の心身への危害を予見し防止策を講じる責任があるとされています。ハラスメントが引き起こすメンタルヘルス問題の悲惨さは、部下の管理育成や配慮を行うべき上司自身が、部下の不調の原因になってしまうところにあります。

 結果的に部下がその事実を誰かに通報するか、「うつ状態」のような不調に陥り欠勤するか、あるいは「自殺」するまで、会社側もハラスメントの存在を察知できないのが実情です。

 ハラスメントをしてしまった代償は、部下の心身の不調を引き起こすだけでなく、労災申請、果ては訴訟と、企業全体に及んでいきます。マネジャーはハラスメントをしないよう、十分に留意する必要があります。

 例えば部下の目標設定や指導、評価などの際に、怒りなどの感情を込めていなかったか、自身の心の動きを振り返ることが求められます。自分の価値観といったフィルターをどけて、部下がどのように感じているかをきちんと聞き取るように努める必要もあります。

 まさにマネジャーには、部下とのコミュニケーション能力が問われているのです。

亀田 高志(かめだ たかし)氏
産業医大ソリューションズ 代表取締役・医師
亀田高志氏写真 1991年産業医科大学卒業後、NKK(現JFEスチール)、日本アイ・ビー・エムの産業医、IBMアジア・パシフィックの産業保健プログラムマネージャー、産業医科大学産業医実務研修センター講師を経て、2006年10月、産業医科大学による産業医大ソリューションズ設立に伴い現職。職場の健康管理対策を専門とし、専属産業医、医科大学教員、ベンチャー企業経営の経験を生かし企業に対するコンサルティングサービスと研修講師を手がける。メンタルヘルス相談機関であるEAP(従業員支援プログラム)の活用にも詳しい。
産業医大ソリューションズのホームページ:
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