中国政府は今、壮大なIT戦略を遂行しつつある。「物聯網(ウーレンワン)」と呼ぶプロジェクトだ。その実態を一言で表すと、中国版スマートシティ計画となる。市場規模は2020年時点で推定5兆元(60兆円)。知られざる国家戦略の全貌を探る。

 RFID(無線ICタグ)やセンサーを駆使して、世の中のあらゆるものをインターネットにつなぐ。それによって、社会全体の効率化や利便性の向上、福祉の充実、安心・安全の確保などを実現する──。こうした理想を実現するための国家戦略が、物聯網だ。まさに、スマートシティ計画そのものである。

図1●物聯網を構成する基本フレームワーク
図1●物聯網を構成する基本フレームワーク
アプリケーション層(上位層)、ネットワーク層(中間層)、センサー層(下位層)の3階層からなる
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 中国政府は、物聯網の実現に必要な技術を、大きく三つの階層に分けて定義している(図1)。

 最下位の「センサー層」は、貨物や車両、橋梁、送電設備、水道管などについて、それぞれの状態などを示す情報を取得する仕組みを指す。RFIDや携帯情報端末などが、この層の中核技術だ。

 中間の「ネットワーク層」は、センサー層で取得したデータを伝送するための通信インフラである。インターネットはもちろん、電話網なども含む。最上位の「アプリケーション層」は、収集・蓄積したデータを分析・加工するアプリケーション全般のことである。

温家宝首相が全人代で言及

 物聯網は、温家宝首相肝いりのプロジェクトだ。温首相は2010年3月の全国人民代表大会(全人代)で、「戦略的な新興産業への投資や支援策を強化する」と宣言。物聯網を政府における最重要施策の一つとして注力する姿勢を明確に打ち出している。

 温首相の指示に基づき、国家工業和信息化部電子科技委のチャン・チー(チャンは張、チーはおうへんに其)氏らが物聯網の戦略をまとめたのは2009年8月のことだ。そこからわずか半年後には、国家トップがプロジェクトの実行を宣言。さらに2010年10月末の「第十七期中央委員会第五回全体会議(十七期五中全会)」で決まる国家の「第十二次五カ年計画」の基本方針にも、物聯網が盛り込まれるのは確実とみられる。これが、政府が強力なリーダーシップを発揮する国のスピード感である。

図2●中国各地に広がる物聯網関連の最近の動き
図2●中国各地に広がる物聯網関連の最近の動き
実証実験や研究施設の建設など、地方政府による物聯網関連の取り組みが活発になっている
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 こうした中央政府の力の入れ具合を敏感に察知するのが、地方政府だ。2009年後半以降、物聯網に関連した実証実験に取り掛かったり、研究施設を建設したりするケースが相次いでいる(図2)。

 例えば江蘇省無錫市は、ITS(高度道路交通システム)や環境保全など9分野で実証実験を計画。上海市の南西に隣接する浙江省嘉興市も、「ITSやRFIDによる物流管理の実証実験を計画中だ」(嘉興市南湖区人民政府嘉興科技城管理委員会の孫旭陽副区長主任)。

 中国の大手コンサルティング会社、長城戦略咨詢の調査によると、物聯網関連の市場規模は2020年には5兆元(60兆円)に達するとみられる。特需をにらみ、ITベンダーの動きも活発になってきた。例えばIBMは瀋陽のスマートシティの実証実験に協力する。日立製作所や富士通も、各地の事業などに参加する。