あるIT企業の役員から、「ソフトウエア技術者は経験を積むに従い、発想の柔軟性がなくなってくる」という相談を受けたことがある。本書を読んだときに、この問題の答えが得られたように思った。

 本書は最近注目されてきた「ポジティブ心理学」の本である。ポジティブを目的ではなく社会的にも心理的にもハイレベルな機能を発揮する「繁栄」のための手段と位置付ける。繁栄にはポジティビティ(自己肯定の感情)とネガティビティ(自己否定の感情)の両方が必要であり、その比率が鍵を握るという。

 本書によれば、ポジティビティには「拡張効果」と「形成効果」という二つの効果がある。前者はポジティビティが成長に必要なことを本能的に知り、取り込もうとすること。後者は精神的、心理的、社会的、身体的の四つのリソースを形成して人を成長させることだ。一方でネガティビティには、現実を見失わないようにする効果がある。繁栄には双方が必要だが、ネガティビティはポジティビティより影響力が大きい。したがってポジティブであるには、ネガティビティの3倍のポジティビティが必要だというのが本書の主張だ。

 冒頭の役員の話に戻る。ポジティビティによる拡張効果と形成効果が機能すると、エンジニアはいろいろなことに興味を持ち、好奇心に動かされて行動する。一方でネガティビティが興味や好奇心を現実に引き戻す。結果として、現実的なアイデアを積極的に生み出し、その経験により成長していくという繁栄が期待できる。しかし、日本のIT企業は失敗しないことを重視し、ポジティビティを抑制する。このため成長に必要な「ネガティビティの3倍のポジティビティ」を得られず、興味や好奇心が薄れ、発想が縮退し、常に決まったやり方で対応しようとする「沈滞」を引き起こしている。それが「柔軟性に欠ける」と役員が悩むソフトウエア技術者を生んでいるのではないだろうか。ITエンジニアの自己啓発書としてはもちろん、管理者のマネジメント書としてもお薦めできる。

評者:好川 哲人
神戸大学大学院工学研究科卒。技術士。同経営学研究科でMBAを取得。技術経営、プロジェクトマネジメントのコンサルティングを手掛ける。ブログ「ビジネス書の杜」主宰。
ポジティブな人だけがうまくいく3:1の法則

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