完全なデータと分析結果があっても、それだけではまだ不十分だ。分析結果に現場の従業員が腹落ちしつつ行動できるようにするには、現場の「背中を押す」仕組みを用意する必要がある。

 「何かがおかしい」--。2009年のゴールデンウイーク(GW)繁忙期が過ぎた直後のこと。リゾートホテル・旅館を運営する星野リゾート(長野県軽井沢町)のスカイ(SUCAI)CS/CRM担当の磯川涼子氏はパソコン画面に向かいながらこうつぶやいた。

 星野リゾートでは、宿泊者全員にCS(顧客満足度)のアンケート用紙を配る。これを数値化して表示するCS分析システム「CRMキッチン」が、あるホテルの異変を磯川氏に告げていた。

 磯川氏の役割は、全社横断で情報を分析するだけでなく、CS分析から浮かび上がった問題点の解決に向けて現場の「背中を押す」ことである。調査結果の活用を現場任せにせず、リピーター増加や業務改善に向けて現場の全社員が行動を起こすよう働きかけているのだ。

CSデータから異変を察知

 アンケート用紙では、「滞在全体」「チェックイン」「食事」「客室」など分野別に、「非常に満足」から「非常に不満」まで7段階で満足度を聞く。集計するときは、原則として最上位の「非常に満足」と回答した人の比率をCS指標として見る。「CS測定の目的はあくまでリピーターを増やすこと。『非常に満足』以外ではまずリピートにつながらない」(磯川氏)からだ。

 星野リゾートはCS至上主義の企業にも見えるが、実際はやみくもに設備や人手をかけてCSを引き上げるのでなく、現場の業務改善を重視している。「CS は設備や人員にお金さえかければいくらでも上がる。CSが高くても経営破たんしてしまった宿泊施設もある。データを業務改善のきっかけとして活かすことが重要」(磯川氏)という。

図1●星野リゾートにおける「背中を押す」仕組み
図1●星野リゾートにおける「背中を押す」仕組み
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 異変が起きたある施設とは、山梨県北杜市の八ヶ岳山ろくにある大型リゾートホテル「リゾナーレ」だった。時系列で見ると、GW繁忙期に、CS指標が大きく落ち込んでいた。繁忙期は宿泊単価が高いため、顧客の期待感も高くなり、全般にCS指標は低めになる。しかし、磯川氏の分析では、星野リゾートが運営する全18施設の中でもリゾナーレの落ち込みは顕著だった。

 個々のアンケート項目のどの項目が「滞在全体」の満足度を左右するのかを相関分析したところ、「チェックイン」のCS指標の影響が大きかった。チェックイン時の第一印象が悪いと、全体の印象も悪くなるのは心理学的にも理にかなうことだが、それにしても同指標の影響度は高かった。

人件費を抑えつつ満足度を上げるには?

 同じころ、当のリゾナーレの加藤智久宿泊支配人もCRMキッチンの画面を見て、「駄目じゃないかなとは思っていたが、やはりCSが低かったか…」と唇をかんでいた。加藤支配人はフロント業務の責任者。星野リゾートではマネジャーは全員、CRMキッチンの使い方を習得している。GW中のチェックインのCS 指標は、全顧客、家族連れ、カップルなど、どの属性の顧客でも低かった。

 実は加藤支配人には悪い予感があった。GW中は連日満室。婚礼もあり、参列者への対応にもチェックイン担当者の労力が割かれて、大混乱に陥ったからだ。ただ単に担当者を増やすのではなく、業務改善の工夫でCSを上げるためにはどうすべきか。

 加藤支配人は改善案を思いついた。リゾナーレのチェックイン時刻は15時。だが繁忙期は、道路渋滞を避けて早めに到着する人が多い。ならば、15時より早めにチェックインを受け付けて、「鍵をお渡ししますので、15時以降いつでもお入りください。お荷物は部屋にお届けしておきます」とすれば、フロントに並ぶ人が分散されて、混雑は解消するのではないか─。