東日本旅客鉄道(JR東日本) 代表取締役副社長 小縣 方樹氏
東日本旅客鉄道(JR東日本) 代表取締役副社長
小縣 方樹氏

 東日本旅客鉄道(JR東日本)の事業はICTによって大きく変わりつつある。これまでJR東日本は2つの事業を「コア事業」と位置付けてきた。その1つは旧国鉄から引き継いだ鉄道事業で、もう1つは会社が発足した1987年から力を入れてきたショッピングやホテルといった生活サービス事業だ。

 JR東日本の2009年度の連結営業収益は2兆5737億円に上る。約7割を鉄道事業が占め、残り3割は生活サービス事業によるものだ。それを2017年度に3兆1000億円に増やし、そのうち鉄道事業を6割、生活サービス事業を4割にする目標を立てている。

 これらのコア事業に加えて、新たに第3の柱として確立を目指すのがSuica事業である。ICTをベースにSuicaを活用し、鉄道事業と生活サービス事業との相乗効果を生み出すことに加え、その特徴を生かすことにより、新たな収益を創出していくことを目指している。

鉄道や生活サービスをSuicaが変える

 JR東日本の鉄道事業は、2010年4月1日時点の利用者数が1日当たり約1688万人に達し、世界最大の規模である。生活サービス事業はショッピングセンターが約133カ所、「KIOSK」が約554店舗、「NEWDAYS」が約421店舗、ホテルは6000室という規模に成長しつつある。

 そうした中で、Suicaはそれぞれの事業を支えるインフラとしてSuicaの役割を担うまでになった。きっぷとしての機能のSuicaについては、利用できる交通ネットワークの拡大を進めた結果、全国の政令指定都市で利用できるようになっている。

 一方、電子マネーの機能としてのSuicaについては、利便性を一段と高めるために、全国で利用できる提携先の拡大に努めている。さらに、Suicaをナンバーワンの電子マネーとするために、2010年度中に1日当たりの利用件数を800万件にすることを当面の目標としている。

 Suicaの普及はそれぞれの事業に多様な効果を生み出している。例えば、首都圏では、Suicaの利用率が高まったことで、きっぷの利用者が減少している。その結果、券売機の台数が以前ほど必要でなくなったため、駅構内の一部の券売機を撤去し、その跡を広告スペースや店舗として活用している。

Suicaで得た情報を活用し新サービスの開発も視野に

 JR東日本では、Suica事業を決済サービスの枠を越えて、お客様の生活に24時間関わる「全生活情報ソリューション事業」と位置付け、様々な展開を考えている。Suicaを単なる決済手段に終わらせず、様々なサービスの中核として活用していく方針だ。

 その1つがSuicaをベースにした「情報ビジネス」である。Suicaを通じて得たお客様の属性情報、購買情報、移動情報などをマーケティングデータとして加工し、お客様のニーズを先取りしたサービスの展開に活用していく。このマーケティングデータをグループ会社をはじめとしたパートナー企業に提供する「マーケティング・ソリューションビジネス」も視野に入れている。

 さらに、このSuicaなどの情報を複数組み合わせることで、お客様の情報を「見える化=情報資産化」することができるようになる。例えば、モバイルSuicaによる新幹線の予約にあわせて弁当を注文すると、新幹線の座席まで弁当を配達するサービスを導入するとしよう。この情報を活用することで、お客様の属性や好みに応じたお勧めの弁当や飲物を提供するようなき細かなサービスの実現が可能となるだろう。

 鉄道事業はお客様をA地点からB地点へとお連れするサービスである。その意味で、お客様と直接向かい合うBtoC(企業対消費者)ビジネスの典型といえる。ところが、これまでお客様一人ひとりの“顔”をほとんどみることができなかった。それがSuicaによって、お客様の顔がはっきりと分かるようになってきた。その結果、お客様一人ひとりのニーズに合った新しいサービスの可能性が生まれ始めた。

 JR東日本の鉄道事業では、安全を経営のトッププライオリティとして掲げ、お客様が目的地に確実に到着するように不断の努力を続けている。ICTはここでも貢献しており、JR東日本は通信インフラを鉄道の利便性向上と安全運行のため積極的に活用している。

車両にセンサーを搭載しWiMAXで車両の状態を送信

 その代表例が高速通信技術であるWiMAXだ。JR東日本はWiMAX事業会社であるUQコミュニケーションズに出資している。駅にWiMAXの通信基地局を敷設し、お客様用の利用エリアを確保しているほか、首都圏と成田空港を結ぶ「成田エクスプレス」の新型車両ではWiMAXを使った車内向け通信サービスの提供にも取り組んでいる。

 WiMAXの活用はそれだけではない。鉄道の車内には乗客に運行状況など様々な情報を案内する情報案内装置を設けている。この装置にデータを転送する仕組みにもWiMAXを採用している。

 また、WiMAXは大量のデータを送受信できるため、鉄道事業で最も重要な安全確保の面でも大きな変革をもたらすと期待を寄せている。その1つとして、WiMAXを車両や線路のメンテナンス業務に適用する構想がある。具体的には、日々の運行に使っている車両に各種センサーを搭載し、線路や車両の状態をモニタリングし、その結果をWiMAXを使って車両から監視センターに送信するというものだ。

 現在、線路の検査には専用の車両を使っている。WiMAXによって普段の運行に使っている車両によるモニタリングが実現すれば、異常の予兆をこれまでより早く察知し、素早い対応ができるようになり、安全性に加えて、安定性も一段と強化される。

 ICTは鉄道事業、生活サービス事業、そして第3の事業と位置付けるSuicaのいずれにも深く関係している。加えて、事業の革新と新たな事業を創出する大きな力を持つ。既存の鉄道事業と生活サービス事業に加え、第3の事業として力を入れるSuicaにそれぞれICTを適用していくことで、JR東日本はお客様と社会に新しい価値を提供していく所存だ。