大和ハウス工業 代表取締役会長 兼 最高経営責任者 樋口 武男氏
大和ハウス工業 代表取締役会長 兼 最高経営責任者
樋口 武男氏

 「何をしたらもうかるか」ではなく、「将来社会で何が必要になるのか」「どうすれば社会のためになるのか」。それを考えて事業を展開することがとても大切だ。これは時代が移り変わっても、ITが生活に入り込むようになった今でも変わらない。

 私がこうした信念を持つようになったのは、大和ハウス工業の創業者、故・石橋信夫の存在が大きい。創業者はシベリア抑留を経験後、昭和30年(1955年)に大和ハウス工業を創業した。戦後間もないころで、住宅が不足していた。そんな時代に創業者は「山林資源を保護しながら住宅を供給するにはどうすべきか」と考え、「パイプハウス」やプレハブ住宅の原点である「ミゼットハウス」を開発した。これが大成功を収めた。

 「先の先を読め」と説いた創業者は、集合住宅、商業施設などの事業を次々と展開、大和ハウスを総合生活産業として育て上げた。創業者は現場主義者だった。人々が生きる生活の場、働く現場から様々な発想を得て、それを製品開発や事業展開に生かした。

「明日不可欠の」社会価値が企業の収益拡大につながる

 創業者の精神は、今の大和ハウスにも引き継がれている。大和ハウスは「あすふかけつの(明日不可欠の)」という事業キーワードを掲げている。「あ」は安全・安心、「す」はスピード、「ふ」は福祉、「か」は環境、「け」は健康、「つ」は通信、「の」は農業を示している。創業者は住宅が不足している時代に、建築の工業化の着想に至った。当時の創業者と同じように、これからの時代に多くの人に必要とされる事業に取り組みたいという思いから、このキーワードを打ち出した。

 まず「ふ」に当たる福祉の取り組みを紹介しよう。ロボットスーツの開発を手がけるサイバーダインに出資し、ロボットスーツのリース事業を展開中だ。脚に障がいを持つ方々や脚力が弱くなった高齢の方々の脚力・歩行機能のサポートに役立つだろう。

 日本の人口は現在1億2700万人といわれている。これが2046年には1億人を切り、2055年には9000万人を切るともいわれる。少子高齢化は急速に進んでいる。当社が福祉事業に積極的に取り組んでいる理由は、このような将来の日本を見据えてのことだ。

 私はサイバーダインへの出資を決める前、同社のCEOである筑波大学の山海嘉之教授に直接会い、研究にかける思いについて質問した。すると山海教授は「研究を通して多くの人の役に立ちたい」とおっしゃった。大和ハウスの考え方と同じである。すぐに私はサイバーダインへの出資を経営会議に提案しようと決めた。

 日ごろから事業の構想を描き、「何をすれば社会のためになるか」を考えていれば、必要な決断はすぐにできる。昔、創業者は私に「長たる者は決断が一番大事だ」とおっしゃった。これが今でも心に深く残っている。

 サイバーダインには、高齢者福祉に力を入れているスウェーデンから声がかかった。これからスウェーデンの大学や病院で共同実験が始まる。

 次の「か」で示す環境面では、電池事業を推進している。大和ハウスは大型リチウムイオン電池の開発を手がけるベンチャー企業、エリーパワーに出資した。今、環境負荷を下げつつ、経済的で使いやすい電池が求められている。川崎市に年産20万セルの量産工場を建設した。また、太陽光発電システムとリチウムイオン電池を設置したモデル住宅を建設し、環境負荷を抑えた住宅の研究を進めている。

 「け」で示す健康分野では、TOTOと共同開発した健康チェック機能付きのトイレ「インテリジェンストイレ」が代表例として挙げられる。尿糖値や血圧、BMI値、体重を測定し、表示パネル上で確認できるというものだ。パソコンのソフト上で検査結果を管理できる。海外からも引き合いがある。

 「つ」の通信分野では、NTTコミュニケーションズと共同で、住宅設備の制御システムを開発した。携帯電話のiPhoneなどを通じて、空調や照明などを制御する。遠隔操作もでき、デジタルフォトフレームやテレビで電力の使用量を確認できる機能も備える。

チャレンジ精神の裏にあるのは祖母と母から学んだ「人の道」

 「の」の農業については、雪国まいたけと資本・業務提携して事業を展開する予定だ。「農業の工業化」を進めることで、食糧不足への対応が狙いだ。きのこの工場は、発光ダイオード(LED)や蛍光灯の照明で野菜を育てる仕組みを持っている。この工場が増えれば、今後さらに見込まれる世界的な人口増加、それによる食糧不足にも対応できるはずだ。

 いずれの事業も、各分野を得意とする企業と組んでいる。21世紀は「共生」の時代だ。20世紀が他社と争う“競生”の時代だったのと対照的である。情熱を持っている事業家や企業と、Win-Winになる形での協力が重要と考える。

 大和ハウスの2010年3月期の連結売上高は1兆6098億円。創業者は2003年に亡くなる少し前、「創業50周年となる2005年には1兆5000億円、100周年には10兆円の企業グループにしてほしい」と私に語った。この約束を守るため私は70歳を超えた今でも、チャレンジ精神を持って事業に取り組んでいる。

 チャレンジ精神の根底にあるのは、幼少期から青年期にかけての体験だ。私のしつけ役は祖母だった。「うそ、ごまかしはあかん」「人に迷惑をかけるな」「戦ったら必ず勝て」という3つを教えられた。この教えは、今に至るまでずっと私の人生とともにある。

 私は私立大学に進学した。中流のサラリーマン家庭だったので、母親は家計のやりくりに相当苦労したはずだ。母は一切苦労をみせなかったが、私は大学1年生の時、母が着物を質屋に持って行くのを目撃した。私は「事業家として成功し、両親に恩返しをしよう」と考えた。

 今から考えれば古くさい話かもしれない。ただ、そのような「人の道」を教えられた体験が、今なお持続しているチャレンジ精神につながっているのではないかと思っている。高度な技術がビジネスの決め手となる時代になった。だが、事業家にとって「人の道」が大切であるということは、どんな時代でも変わらないはずだ。