東京証券取引所 専務取締役・最高情報責任者(CIO) 鈴木 義伯氏
東京証券取引所 専務取締役・最高情報責任者(CIO)
鈴木 義伯氏

 東京証券取引所は2010年1月4日から、新株式売買システム「arrowhead」を稼働させている。arrowheadでは最新のITを積極的に採用し、99.999%以上の可用性と、1000倍の処理性能のアップを実現した。

 プロセッサーやメモリー、通信速度など、ITは右肩上がりで進化し続けている。最新のITを取り込むことで、東証の企業価値の向上に貢献できた。以下、私がプロジェクトの責任者として携わったarrowheadの概要と、プロジェクト成功のポイントについてご紹介する。ITにかかわる人々にヒントを提供できれば幸いだ。

新システムで市場の期待に応えられる

 株式売買システムを刷新した理由は、証券会社間の執行能力競争や取引手法の高度化・多様化などにより、市場をめぐる環境が大きく変化し、注文・約定を高速に処理できるシステムを求めていたからである。そこでarrowheadでは、システムの処理性能を大幅に向上させるとともに、拡張性や柔軟性、信頼性を高めることを狙った。

 まず処理性能については、取引処理の大幅な高速化を図るために、オンメモリーデータベースを採用した。ハードディスクで発生するディスクI/Oの待ち時間を削減し、より高速に処理を完了できるようにするためだ。これによりarrowheadでは注文に対する応答時間について2ミリ秒(1000分の2秒)を達成した。旧システムは2秒ほどかかっていた。

 拡張性と柔軟性を確保するため、システムのアーキテクチャーには、サーバーの増設で処理性能を高められる「スケールアウト型」を採用した。これにより、市場の取引量拡大に合わせて、処理性能を素早く引き上げられるようにした。100万件分の処理の拡張作業なら1週間で完了する。メインフレームをベースにしていた旧システムでは、対応に3~6カ月を要していた。

 信頼性については、サーバーの構成を三重化し、99.999%以上の可用性を確保した。メモリー上に展開しているデータにも3台のサーバー間で自動的にミラーリングし、サーバーに不具合が起きても問題なく注文処理を継続できるようにしている。

先進ITで新しいビジネスモデルを創出

 arrowheadでは新しいビジネスモデルも実現している。「コロケーションサービス」がそれだ。これは証券会社など取引参加者に向けたサービスで、取引参加者の自動発注システムを、東証のデータセンターに設置できるものである。

 このサービスでは、取引参加者は「アルゴリズム取引」を使用することを前提としている。アルゴリズム取引とは、あらかじめ決めたルールに従ってシステムが自動発注する方式である。

 コロケーションサービスを使えば、アルゴリズム取引で注文を出してから取引所のarrowheadが受信するまでの通信時間を、1ミリ秒以下に抑えられる。arrowheadと物理的に近い場所にシステムを置くためだ。

 アルゴリズム取引はミリ秒単位の差が勝敗を左右する。コロケーションサービスで、取引参加者に対して従来にない新しい価値を提供できるようになった。コロケーションサービスを使っての注文は増加しており、総注文件数の25~30%にまで上昇した。

発注者側の改革が成功へとつながった

 最新のITを採用するだけでは、システム開発は成功しない。arrowheadの開発が成功した背景には、プロジェクト面での様々な取り組みがある。

 最大のポイントは、発注者責任を明確にしたこと。要件定義から外部設計までの責任は発注者である東証側にあると定め、東証の主導で完了させた。これにより、プロジェクトで発生しがちな手戻りを防止した。

 arrowheadで東証が作成したRFP(提案依頼書)は約1500ページにもおよんだ。細部に至るまで言及したため、作成するのに約2億円かかった。その代わりに、開発作業に影響が及ぶあいまいさを低減できた。

 「フィードバックV字モデル」もプロジェクトの品質向上に大きく貢献した。このモデルでは、設計やコーディングなどの各工程を実施する際に、前工程の不備や不具合を積極的に見つけてフィードバックする。次の工程で見つけた不備や不具合が解決しない限り進まないようにした。これによって、一般的なプロジェクトに比べて手戻りが減った。

 arrowheadの構築は、取引参加者、開発者をはじめ様々な関係者の協力があってのものだった。関係者の皆様に深く感謝している。

東京証券取引所がグランプリ
 「情報システムを構築・活用して顕著な成果を上げている企業を発掘し、成功のノウハウを広く共有する」──。このような目的で日経コンピュータ誌が創設した「IT Japan Award」。経済産業省をはじめ、経営情報学会、情報システム学会、情報処理学会、情報処理推進機構(IPA) 日本情報システム・ユーザー会(JUAS)の後援を受けており、2010年で4回目を迎えた。
 今回の応募期間である1月から4月に集まった応募案件は39件。松田晃一 情報処理推進機構(IPA)ソフトウェア・エンジニアリング・センター所長を委員長とする審査委員会が最終選考を実施し、経済産業大臣賞(グランプリ)、準グランプリ3件を決定した。
 グランプリを受賞したのは、記事本編で紹介している東京証券取引所。対象となったシステムは「新株式売買システム『arrowhead』」だ。arrowheadの最大のポイントは、既存システムに比べて売買処理の速度を1000倍高速化したこと。加えて、信頼性や拡張性を徹底的に追求した。これにより、海外の証券取引所に対する東証の競争力アップに大きく貢献している。審査委員会は、システムの経営への貢献度に加えて、プロジェクトマネジメントや品質管理の先進性も高く評価。満場一致のグランプリとなった。
 準グランプリには、花王、小島プレス工業、日本電子債権機構の3案件が選ばれた。グランプリの贈賞式は7月14日、IT Executive Forum「IT Japan 2010」会場である東京・品川プリンスホテルで開催された。
2010年7月14日のグランプリ贈賞式で賞を受け取る東京証券取引所の鈴木義伯CIO
2010年7月14日のグランプリ贈賞式で賞を受け取る東京証券取引所の鈴木義伯CIO
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