「ぜんぜん納得できないよな」---。

 まだ新築特有のにおいが抜けない衆議院議員会館の地下会議室で2010年8月3日の午後、そんな怒号がこだました。発言の主は民主党の岸本周平衆議院議員。総務省で検討が進められていたV-High帯の携帯端末向けマルチメディア放送の事業者選定に関して、民主党の情報通信議員連盟がNTTドコモ陣営、KDDI陣営、総務省の三者を招いてヒアリングを開催した席でのことだ。

 このヒアリングで、携帯端末向けマルチメディア放送を担当してきた総務省情報流通行政局総務課の大橋秀行課長(前放送政策課長)は、参入枠1を巡ってNTT陣営、KDDI陣営の真っ向勝負となった事業者選定について「電波監理審議会に諮問・答申をいただくが、評価は我々が下す。我々はプロフェッショナルであり、そのためのスタッフも抱えている。しっかりとした評価を下せるよう準備を進めてきたし、作業も進んでいる」と発言。これに対して岸本議員は、冒頭のような強い口調で情報通信議員連盟のメンバーに同意を求めるように異議を唱えた。

 岸本議員が問題視したのは、「官僚が恣意(しい)的に事業者を選定する」という日本の電波政策の選定プロセスについて。「私も元は大蔵省の官僚だったので、審議会の裏で役人がコントロールしてきたことはよく分かる。仮に判断が間違っていたとしても役人は責任を取る立場にならない。だからパラダイムを変える必要がある。現時点ではもう手遅れだが、本来であれば周波数オークションなどで市場原理に委ねるのが最適であった」と岸本議員は続けた。

白紙の状態で審議会が判断する異例の選定作業

 選定作業が最終段階に差し掛かった中で、身内と言える民主党の議連から吹き出た異論。議連の動きを「政治的パフォーマンス」(関係者)と見る向きは多い。しかし選定プロセスの透明化が、電波政策に突きつけられた大きな課題であることは確かだ。

 2007年の2.5GHz帯BWA(Broadband Wireless Access)の認定作業のときも、選定プロセスの透明化が叫ばれた。ここで参入枠2に対して4事業者が参入を申請し、初めて“当落”が生じる事態になったからだ。このようなケースでは、電波法では比較審査という手順を踏み、審査基準への適合度合いが高い事業者を選ぶ。しかし当選した1社のウィルコムは今年に入って経営破綻。技術の進展が速く、将来を予見しづらいIT分野での事業者選定の難しさを示している。

写真1●長時間の公開ヒアリングを何度も繰り広げた携帯端末向けマルチメディア放送の事業者選定
写真1●長時間の公開ヒアリングを何度も繰り広げた携帯端末向けマルチメディア放送の事業者選定
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 参入枠1に対して2陣営が申請したことで、V-High帯を利用する携帯端末向けマルチメディア放送の受託放送事業者の選定は、2.5GHz帯BWA以来、2度目の当落が発生する事態となった。3度にわたる長時間の公開ヒアリングを開催するなど(写真1)、異例の手順を進めてきたマルチメディア放送の事業者選定は、最終段階に入った8月17日、さらに前例の無い展開を見せる。選定プロセスのさらなる透明化が求められる中で、総務省が原案を示さず、電波監理審議会自身が優劣を判断するという形で諮問されたのだ。

 通常は、総務省が審査した内容を審議会が承認するという形を取る。判断自体はまずは総務省が下し、審議会は追認するだけというケースが多いとされる。ところが、2007年の2.5GHz帯認定作業の課題を踏まえた議員修正によって2008年に電波法が改正され、上記のような総務省が原案を示さない形の諮問が可能になったという。この手法を用いれば、官僚が恣意的に事業者を選ぶのではなく、第三者が公平な立場で事業者を選定できる。選定プロセスのさらなる透明化につながる。