「仕事の効率が上がった」「仕事に対するモチベーションが高まった」――。こうした満足の声を利用者が上げてこそ、経営に情報システムが役立つ。これまでの要件定義は機能重視になりがちだった。主な業務のシステム化が一巡し、複数のシステムを操作しなければ仕事が進まなくなった今、要件定義といった上流工程から使い勝手を考慮する必要性が高まっている。

 「システム開発プロジェクトで利用者の使い勝手を最優先したのは今回が初めて。手応えを感じており、今後も同様の取り組みを続けたい」。住友信託銀行 システム推進部兼リテール企画推進部の名古屋誠調査役は、第2フェーズを迎えている「営業店統合フロントシステム i-Ships」の刷新プロジェクトにおいて、使い勝手を考慮した要件定義が功を奏したことに満足な様子を隠さない。

 i-Shipsは、同行の窓口業務に欠かせない基幹システムの一つ。4000人の窓口担当者が、店頭を訪れた顧客と応対する際に、顧客情報や契約情報、商品情報の照会などに利用する。

 2009年1月に完了したプロジェクトの第1フェーズでは、業務フローに加え、操作性などの使い勝手までを整理・統合した。結果、顧客情報などの照会作業にかかる時間を全体で2割削減できた。操作時間を2分から20秒にまで短縮できた処理もある。リテール企画推進部の小吉文子副調査役によれば、「接客時間の平均は一人当たり20分。照会にかかわる操作時間が2割も減る意味は大きい」という。

 プロジェクト開始前の分析では、システムを使いこなせる窓口担当者ほど投資信託の新規顧客獲得といった成績が良いことが分かっている。プロジェクト責任者を務めるリテール企画推進部の仲田千昌主任調査役は、「新人でも使いこなせるほど使い勝手が良いシステムを作れれば、全体的な成績が向上し、売り上げ増につながる」と期待する。

利用者の“経験”重視に変わる

 システムの「使い勝手」への注目が高まっている(図1)。「UX(ユ ーザーエクスペリエンス)」というキーワードで語られ、「利用者体験」「実利用経験」「業務体験」などとも訳されている。具体的には、業務やシステムを通して利用者が得られる経験(達成感や満足感、モチベーションなど)を指す。

図1●高まるUX(ユーザーエクスペリエンス)の重要性
図1●高まるUX(ユーザーエクスペリエンス)の重要性
ROI(投資対効果)の高い経営に役立つシステムの実現に向けて「UX」への取り組みが欠かせなくなってきた
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 これまでも使い勝手が無視されてきたわけではない。ただ、いずれの企業においても機能の実現が優先されてきたことは否めない。加えて、業務単位でのシステム化が進行し、操作性が統一できない状況に陥っているのが実情だ。

 操作性が異なる複数のシステムを使わないと、一つの業務が完了しないケースも当たり前になってきた。UXが注目される背景には、そうした状況を改善することで、業務全体の効率や効果を高めたいとの問題意識がある。

 別の観点からも、UXへの注目は高まる。Google検索や、iPhone/iPadなど新しいUI(ユーザーインタフェース)を持つサービスや機器の増加である。UI設計やユーザビリティー評価など手掛けるソシオメディアの篠原稔和代表取締役によれば、「情報システム部門に対し、『当社はiPadを導入しないのか』という問い合わせが増えている」という。

 その背景には、GoogleやiPhoneなど“直感的で使いやすい”とされるUIに慣れた利用者の間に、「どうして社内システムはこんなに使いにくいのか」という不満の高まりがある。