野村総合研究所(NRI)で約20年間勤務した後に、人材派遣大手スタッフサービスのCIO(最高情報責任者)を務めて急成長を支え、『ダメな“システム屋”にだまされるな!』(日経情報ストラテジー編)の著者でもある佐藤治夫氏が、情報システムの“ユーザー企業”における経営者・担当者の視点で、考慮するべきことや、効果的な情報化のノウハウなどを解説する。(毎週月曜日更新)

 前々回(第37回)前回(第38回)では、供給過多になっている成熟市場におけるIT(情報技術)活用・情報化について述べてきました。今回は、逆に供給不足の業界について書きます。

 市場原理が原則通り働く分野においては、供給不足は一時的な状況であり、時間の経過とともに新たなプレーヤーの参入が続き、需給はマッチします。ところが需要はあるものの、供給がなかなか追いつかない分野があります。

介護業界で慢性的な人手不足が続く理由

 介護業界がその代表例です。高齢化に伴う要介護者の急増に対して、介護事業所も増えていますが、ヘルパーは全国どこでも不足しています。介護に関する価格は政府が統制していますので、ここでは市場原理が原則通り働くとは言えません。要介護者の支払い能力に配慮した一律価格体系ですから、介護事業所の収益性改善は容易ではありません。何より、そこで働く人たちの給与がなかなか上がりません。

 景気が低迷しているおかげで、介護事業所の求人倍率は好転しているようです。少しずつですが供給は増加傾向です。しかしそれでも決定的に不足しているのは、訪問介護の要員と移動介護従業者と呼ばれる層です。

 介護は、病気で病院に入院するように施設で暮らして介護を受けるタイプと、自宅に暮らしながらヘルパーなどの訪問を受けるタイプに分けられます。そして、自宅に暮らしながらも、昼間は施設に通うタイプが急増しています。

 第1のタイプでは、介護事業所は24時間分の介護報酬が入りますから、働き手は増えつつあります。しかし第2のタイプでは、訪問して介護している時間だけ介護報酬がありますが、移動中は無報酬です。そして第3のタイプでは、迎えの車に乗せるだけの短時間分の介護報酬が入るにとどまります。働き手の立場から見ると魅力ある仕事とは考えにくくなってしまいます。

 例えばヘルパーの時給を1000円とした場合、朝、迎えの車に乗せるまでの30分だけの仕事で収入は500円です。次の要介護者宅まで移動し、そこで500円の仕事を済ますころには、地域で通うべき要介護者は全員車に乗った後で、その日の仕事は終わりになってしまいます。午前中だけ仕事ができる人がこの仕事をやろうとしても、合計で1000円程度の収入にとどまります。「時給800円のアルバイトを3時間やった方が良い」ということになりかねません。

地域一体での“全体最適”がカギに

 もし、ITでこの状況を改善しようと思ったら、何を発想しますか?

 供給不足の状況ですから、供給者が喜んで増えるような施策を考えるべきです。例えば、地域の介護事業者が連携して、車に乗せるべき要介護者全員の所在や連絡先を情報システムで一元管理し、登録している介護ヘルパーが携帯電話から情報を確認できるようにします。ヘルパーの移動時間をできるだけ短縮し、短時間ながらも密度の濃い仕事に取り組めるようにします。

 1つの介護事業所とそこに所属しているヘルパーだけの“個別最適”では、なかなか状況は改善しません。ITをうまく活用すれば、地域の介護事業所・要介護者・ヘルパー全員の“全体最適”を追求する構図を描けるのではないでしょうか。

 この情報システムは、ヘルパーの仕事の効率化だけにとどまらない可能性もあります。要介護者ひとりひとりは、どんな会話を好み、どんな会話を嫌がるかといった個性があります。機嫌を損ねると車に乗ってもらうまでに大変な労力を費やすこともよくあります。CRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)の発想で、顧客である要介護者の情報をヘルパーたちが共有できれば、サービスの質的向上にも役立つかもしれません。