政局がどうあろうと、国家としてのIT戦略のあるべき姿に違いはないはずだ。連載の最後に、現在の日本にあるべき国家IT戦略の本質を考えてみたい。

 現在の日本には様々な問題が山積しているが、最も国民の関心が高いのは景気の問題だろう。つまり、経済成長がなければ、景気が回復せず国民の懐も国家財政も立ち直らない。本連載第1回で紹介したように、GDP成長の3分の1が、GDPの1割しかないIT産業によるものであることを考えると、この点、ITの果たす役割は大きい。

 これは既に先進国では常識であり、各国とも積極的な政策を打ち出している。ただし、過去のIT産業の成長と異なり、ハードウエアやソフトウエアが黙っていても急激に売り上げを伸ばすような状況ではない。従って,IT産業の成長は、他の分野での成長市場によって支えられなければならない。その戦略的な成長分野は大きく、「社会問題の解決」「利便性の向上」という2つの要素で構成される(図1)。

図1●国家IT政策の論点
図1●国家IT政策の論点

日本が抱える社会問題へのITの貢献は明確

 社会問題について考えると、少子高齢化傾向が著しい日本では、医療・介護・福祉などの分野が今後ますます重要となるのは明白だ。個人の健康情報・カルテが標準的に電子化され、地域の診療所と中核病院とがうまく役割分担することは、既に構想されている。ほかにも遠隔診療や、緊急搬入先の選定(たらい回し防止)、高齢者向け医療など数多くの構想が既にある。この分野では様々な障害があってこれまでIT利活用が遅れているが、ITの貢献領域が大きいのは明白だ。

 近年、世間の注目を集めている環境分野もITの貢献分野として有望だ。元来、環境技術は日本が世界的な強みを持っており、スマートグリッドのようにそれにITを絡ませてより高度化することは、米国よりむしろ日本の方が得意なはずなのだ。

 次に安心・安全分野だ。地震大国である日本では防災対策が国際的にも進んでいる部分があるが、ITをより一層活用することで、さらなる高度化が期待されている。また、近年日本の犯罪率が高くなっていることを受けて、防犯対策への取り組みも有望だ。トレーサビリティという言葉が流行ったように、日本の消費者は特に食の安全には厳しい。食の安全については、既にある程度のIT化はなされているものの、消費者庁はできたばかりであり、まだまだ高度化の余地がある。

 デジタル教材や授業のネットワーク化、学校と家庭とのネットワーク化など、ITによる教育の高度化の余地も大きい。既にコンピュータやインターネットが存在するのが当たり前の時代に生まれた子供達に、いつまでも古い形式の教育では、日本ばかりが世界から遅れてしまう。

 中国からの観光客へのビザ発行制限が緩和されて、中国大陸からの観光客増加が見込まれる中、地域振興としての観光は重要だ。情報発信ツールとしてのITの機能はこの分野でも非常に重要な役割を持っている。今や、観光地の選定やこれから行く観光地の情報をインターネットで検索するのは常識ともいえよう。

 このように、日本が抱える社会問題へのITの貢献は明確で、それらは同時にIT業界にとって成長市場となるべき分野でもある。

 次に、利便性の論点だ。

 素晴らしい機能が用意されていても国民が使いづらいのでは、せっかくの投資が無駄になる。既に、電子パスポートなど電子政府においてそのような傾向が出ている。これは、官僚と業者がIT化すること自体を目的としてしまい、肝心の利用者視点が欠けているからだ。また、単発の機能が提供されていても利用者にとっては利用しづらい。例えば、引越しの際に、住民票がコンビニで取れてもほかが何もできないのでは、利用者にとって意味がない。この点、オンライン利用促進、行政ポータル実現など与野党共通に重要性を認識している。

 また、利用するインフラとしてインターネットのブロードバンド基盤のさらなる整備も重要だ。確かにこの10年で日本のブロードバンド環境は世界トップクラスになったが、まだ全世帯に普及しているわけではない。総務省の「光の道」構想はこの点をついている。ただし、利用者の視点からみれば、利用するに値するコンテンツ・サービスがあって初めて利用インフラが必要なのであり、この鶏と卵のような問題は、多分両方向から推進していくことになるだろう。

 利便性の観点を、利用者から提供者へ向けてみると、サービス提供を低価格でしかも短期間で提供できる、つまり提供者にとっての利便性のあるITが必要だ。現在では、クラウド・コンピューティング技術がそれに該当する。

 昨年度から実施されたエコポイントは、セールスフォース・ドットコムのクラウド・サービスを使っていることは業界では有名な話だ。初期費用が抑えられ、開発も非常に短期間であり、しかもサービスとして十分に機能している。クラウドについては、政府も自民党も同様にその重要性を訴えており、行政サービスのクラウド化は、もはや止められない流れとなりつつある。

 クラウドを推進するにあたり、システム本体が設置されるデータセンターが必要だ。このデータセンターは、例えば政府情報システムであれば、安全の観点から複数個所に分散されることが望ましい。データセンターがどこであれ、サービスが提供でき、利用者は存在場所を意識しないのがクラウドの利点であり、クラウドでのサービス提供基盤が構築されていれば、提供者側の利便性は大きく向上する。