仮想マシンやアプリケーションをサービスとして提供するパブリッククラウド。一般に、「使いたいときに、すぐに使える」「コストが下がる」「運用から解放される」といったメリットがあるといわれている。しかし、こうしたメリットをうのみにしてはいけない。実際に導入する際には、必ずしも望んだメリットを得られない。

 1番目の「使いたいときに、すぐに使える」というメリットは一面では真実である。Google App EngineやWindows Azure Platform、Amazon EC2/S3では、数分~数十分でシステム基盤を入手できる。米Salesforce.comのCRM(顧客関係管理)サービスに代表されるSaaS(Software as a Service)では、パッケージソフトを利用するよりも大幅に導入期間を短縮できる。しかし「求めるシステムをすぐに使える」と勘違いすると失敗する。

 Google App EngineやWindows Azure Platformが提供するのはシステム基盤だけなので、そこで動作するアプリケーションを開発しなければ、ユーザーが現実に使えるシステムにはなり得ない(図1)。設計、開発、テストにはクラウド独特のノウハウも必要で、従来の自営システムよりも時間が掛かる場合もある。また多くの場合、既存の社内システムと連携する必要があり、その実装やテストにも時間が掛かる。

図1●クラウドのメリットをうのみにすると失敗する
図1●クラウドのメリットをうのみにすると失敗する

 Salesforce.comなどのSaaSを利用する場合も、企業独自の業務プロセスに合わせたカスタマイズに時間を取られることが少なくない。SaaSではカスタマイズ可能な範囲が狭いことも多く、その場合、業務プロセスの変更にも時間を取られることになる。利用部門との調整に、想定以上の時間が掛かることも少なくない。

 クラウドはすぐに使えると同時に、すぐに利用をやめられることもメリットとされる。しかしサービスの利用を中止して、開発したアプリケーションを別のサービスに移行するのは容易ではない。Google App Engine上で開発したアプリケーションは、Amazon EC2/S3には容易には移植できない。

 クラウドは、すぐに使えると安易に考えていると失敗する。自営システムの場合と同様に、利用までに必要なタスクをきちんと洗い出し、計画を立てておく必要がある。

自営システムの方が安価な場合も

 「コストが下がる」という2番目のメリットも、うのみにすると失敗する。

 例えばGoogle App Engine、Windows Azure Platform、Amazon EC2/S3のCPU利用料金は、1時間当たり約10円(0.1ドル)と確かに安価である。これは、大手クラウド事業者が圧倒的な規模の経済の下、サーバー機器などの調達コストを大幅に下げていることが背景にある。ある研究機関の調査によれば、サーバーが1000台以下の場合と1万台の場合を比較すると、CPU単価、ストレージのギガバイト単価、LANのポート単価とも5~7倍の差があるという。一企業の導入規模では、とても太刀打ちできない。

 ところがクラウドサービスは、多くが時間単位の課金であり、数年間利用し続ける場合で計算すると、自営システムの方が安価になる場合が少なくない。クラウドサービスの方が常に安価になるとは限らないのだ。

 一方、一時的に利用する場合や、システム負荷が時期的に変動する場合は、クラウドサービスの方が安価になるケースが多い。利用条件に合わせて、きちんとコストを見積もって比較しておくことが求められる。

システム連携で新たな運用体制も

 「運用から解放される」というメリットも必ずしも真実ではない。

 サーバーやネットワーク機器の死活監視などは確かにクラウド事業者に任せることができる。しかし前述のように、ほとんどのシステムは、既存の自営システムと連携して動作させることが前提になる。セキュリティを担保しながら、どのようにデータを連携させるのか、新たなデータアーキテクチャーが必要になる。新たなアーキテクチャーを採用すると、運用プロセスの刷新も求められる。結局、運用から完全に解放されることはあり得ないのだ。

 サーバー管理やアプリケーション管理などのIT運用を事業者に任せてしまうと、自社の運用スキルやノウハウを失うというリスクも抱えることになる。クラウドサービスの利用を停止したくなったとき、再び自社にシステムを戻すことはできるだろうか。一度失った人材、知識、組織としての成熟度は容易には取り戻せない。

 クラウドサービスを利用する場合、こうしたデメリットがあることも認識しておく必要がある。メリットとデメリットを比較して、適材適所で利用していこう。

山根 正士 (やまね まさし)
日本ヒューレット・パッカード 通信・メディア営業統括本部 アカウント・コンサルタント
1992年、横河HP(現日本ヒューレット・パッカード)入社。ミッションクリティカル系システムの顧客サポート部門を経て、99年、技術営業部門に転属。仮想化技術を中心とした企業向けITインフラの提案活動に従事。現在は、米HPのインフラ戦略に基づく企業向け基盤システムのアーキテクトを務める。ITコーディネータ、TOGAP認定アーキテクトなどの資格を所有。