4年に一度のサッカーの祭典「2010FIFAワールドカップ」が南アフリカで開かれた。7月11日(日本時間の12日早朝)に行われた決勝戦でスペインが優勝し、その幕を閉じた。今年のW杯はサイドバイサイド方式により、3D映像が製作され世界各国の放送局が配信している。本稿では、3Dコンテンツの現実を俯瞰してみたい。

W杯3D中継が、世界各国の有料放送で目玉コンテンツに

 7月11日の決勝戦の模様は、日本のスカイパーフェクTV!、米ESPN、英BSkyB、豪FOXTEL、韓国SkyLifeなど、世界各国でHDTV放送された。日本のNHKや米国のABCなど、地上波で放送された国も少なくない。

 こうした中、世界各地で有料放送事業者もしくはプラットフォームは、この決勝戦の模様をサイドバイサイド方式による3D映像として配信した。まだ、3D放送の事業を立ち上げようとしている事業者は限られるが、そうした事業者にとっては絶好のアピールの場となった。

 このW杯でオフィシャルパートナーであるソニーは、国際映像の製作協力(機材提供などを含む)を行い、南アフリカや世界各地で「International FIFA Fan Festa」に協賛している。ソニーは世界各国で3D対応テレビを発売しているが、パブリックビューイングを展開したり、ヨハネスブルクや、シドニー、ベルリンなどでは「3Dパビリオン」も設置したりしている。一般市民に3D映像のすばらしさを体験してもらうことで、その販売促進につなげようという考えである。

図1●3Dによるパブリックビューイング会場で盛り上がる
図1●3Dによるパブリックビューイング会場で盛り上がる
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 日本国内でも、6月19日に行われた日本対オランダ戦の試合をパブリックビューイングで鑑賞するイベントに協賛した。さいたまスーパーアリーナ内に、ソニー製の3D LEDディスプレイを設置した。19.2×10.8メートル(867インチ型)という途方もない大きさで、試合前の数時間、3Dモニターを用いたアーティストライブと各種イベント、今回のW杯試合映像を3Dでダイジェスト鑑賞する、といった内容である(図1)。今回、会場での3D映像撮影には、「HDC-F950とHKC-T950」の2台でワンセットのソニー製3D機材が使われている。

 今回のイベントのように会場に数千もの観客がいる時は、単価が格安のめがねを無料で配布する、といった鑑賞スタイルになるだろう(回収する場合はそれなりの管理体制が必要と考えられる)。左眼用の映像と右眼用の映像を交互に映し出す方法であるサイドバイサイド放送を視聴するために、アクティブシャッター内蔵のメガネが必要となり、一般的に偏光板方式と比較して高額になる。そこで会場内での3Dライブは偏光方式で行い、対オランダ戦の試合生中継は2Dで実施するという構成で行った。

日本で初のプロ野球3D生中継、ひかりTVが実施

 7月8日に甲子園球場で開催されたプロ野球「阪神タイガース対東京ヤクルトスワローズ」の試合では、日本初のプロ野球3D生中継が行われた。NTTぷららの「ひかりTV」内のプロモーションチャンネル「ひかりTV STYLE1 ハイビジョン」において、開始から終了までを3Dでフル中継した。阪神コンテンツリンクが運営する「Tigers-ai」の映像を活用し、パナソニック AVCネットワークスが提供する3Dカメラなどの放送機材を用いた。また、地上波やGAORAで放送を行なっている毎日放送も技術・製作協力を行った。

 球場では、一塁側と三塁側のベンチ横に3Dカメラが設置され、技術陣が独自映像を撮影したものと、地上波放送用の2D映像を3D映像に変換したものをスイッチングして、ひかりTVでしか視聴できない独自コンテンツに仕上げた。番組はサイドバイサイド方式で配信された。番組視聴者宅では、STBを3D対応テレビにHDMI接続し、鑑賞する形態とした。

 この3D番組の配信では、ソニーと同様に今年から3D対応テレビを発売しているパナソニックが3D対応ソフト制作への支援を行っている姿を映しだすものだ。野球コンテンツでは、米国のDirecTVでも、パナソニック製の3D放送機材によって試合が撮影され専用チャンネルで放送されている。7月13日には、スカパー!HDでJリーグの3D生中継を行うことが発表された。世界的に、スポーツ中継番組が3D配信のキラーソフトになりつつあるが、中でも球技は、ボールの飛び方や選手の躍動が立体的表現に向いているようだ。

VODやパッケージの動きも盛んに

 国内では、ソニーとパナソニックに続き、今年夏にもシャープが4原色液晶技術を使用した「3D AQUOS」の発売を予定する。年内には、東芝や三菱電機もリリース予定である。韓国Samsung Electronicsなど海外テレビメーカーも続々と新製品の投入を開始している。

 有料放送だけでなく、ジュピターテレコム(J:COM)のケーブルテレビ局やひかりTVなどはVODによる3D番組配信を始めている。また、「Blu-ray 3D」の仕様に基づくディスクも洋画を中心に3D対応ソフトが発売を控えている。ディスクの場合、いわゆる左目・右目用の画面が「フルHD」表示であり、サイドバイサイド方式よりもより高画質で視聴できる。対応レコーダーはまだ高額だが、プレイステーション3では、ファームウエアのアップグレードにより、既に発売された機種でも3Dゲームの再生が可能である。また、年内には、Blu-ray 3Dディスクの再生に対応可能なファームウエアの配布も予定されている。

 地上波では、いまのところ3Dを放送する動きはない。3D放送をしている時間は、普通のテレビでは映像が歪むためである。多チャンネルやVODでないと、本格的にサービスすることは難しいだろう。

 また、視聴するためには、映画館と同様にコンテンツに集中して鑑賞することになる。ファミリーなら全員が対応メガネを装着する必要がある。映像表現が強烈だと、子供や高齢者などは視聴時間に限りもあるだろう。視聴についての業界ガイドラインも想定する時期に入ってきているという。

 いずれにせよ、3Dコンテンツ配信はまだ始まったばかりであり、まずは視聴に耐えうるソフト開発が必要とされている段階である。ただし、映画館での上映作品も増加しているし、音楽やスポーツイベントの3Dクローズドサーキットもビジネス化されつつある。デジタルサイネージでも3D化していくほどのハード側の技術の進歩もある。

 3Dについては、当初はその産業的な効果に疑問の声も多かった。特にテレビメーカーに対しては、他にもっと開発すべき案件(特にソフトウエアの面から)があるという声も聞こえてきていた。しかし、ブームを仕掛けていくうちに、ブームが本物に近づきつつあるという印象を持っている。

佐藤 和俊(さとう かずとし)
放送アナリスト
茨城大学人文学部卒。シンクタンクや衛星放送会社,大手玩具メーカーを経て,放送アナリストとして独立。現在,投資銀行のアドバイザーや放送・通信事業者のコンサルティングを手がける。各種機材の使用体験レポートや評論執筆も多い。