野村総合研究所で約20年間勤務した後に、人材派遣大手スタッフサービスのCIO(最高情報責任者)を務めて急成長を支え、『ダメな“システム屋”にだまされるな!』(日経情報ストラテジー編)の著者でもある佐藤治夫氏が、情報システムの“ユーザー企業”の経営者・担当者の視点から、効果的な情報化のための発想法を解説する。(毎週月曜日更新)

 前回(第32回)は、選挙での得票を意識しなければならない政治家よりも、原則として定年までの雇用が保証される官公庁の職員・官僚のほうが、社会を変えるのに必要な情報収集・情報発信の役割を担うのにふさわしいことを説明しました。

 ただし、現実には官公庁の情報収集・発信には様々な課題があります。以下で、厚生労働省、金融庁、総務省などの個別の事例を紹介します。

7億円IT投資でも合理化されない病院経営

 例えば厚労省が所管する病院の会計システムには問題があります。あまり目立たないところですが、病院の会計システムの開発と維持には膨大なコストとエネルギーがかけられています。

 病院の規模や立地、診療科などは多様で、医師にも個性があります。個別の患者の要望も尊重するべきです。しかし、病院の会計に個性が必要でしょうか。厚労省所管の法令によって、病院が会計でやらなければならないこと、やってはいけないことは厳密に定められています。“個性ある会計システム”が必要なはずがありません。

 病院にとっての基幹情報システムとは、患者に対する診療行為を記録し、その後の診療に備えると同時に、患者負担金と保険者負担金などを計算し、管理会計・財務会計上のデータを記録するものです。私が聞いた話では、ある病床数400程度の大規模病院が5年に1回基幹情報システム更改し、その都度約7億円を投資するそうです。それだけで驚きましたが、これが医療業界では常識的な金額だと聞いてさらにびっくりしました。

 病院の基幹情報システムには電子カルテなどを含む場合がありますが、それでも事実を記録し、集計、計算、管理するだけの比較的シンプルな機能しかありません。システムが刷新されたからといって、我々患者が診察室や手術室で受ける診療やサービスは向上しません。患者が支払う医療費が下がるわけでもなく、待ち時間が短縮されるわけでもありません。

 それなのに、この7億円はこの病院で世話になる患者全員で応分負担することになります。あるいは、病院に来ない健康な人が支払う保険料や、税金などでまかなわれます。