中国は“世界の工場”とよく呼ばれるように、豊富な労働力と人件費などの安さで、グローバルな通信機器ベンダーの世界有数の生産拠点としての役割を担ってきた。

 だがここに来て通信機器ベンダーは、中国に生産拠点としてだけではなく、重要な研究開発拠点としての機能を担わせようとしている。中国は“世界の頭脳”へと変貌(へんぼう)しつつあるのだ。

数千人規模の研究開発機関が次々誕生

 フィンランドの大手通信機器ベンダー、ノキア シーメンス ネットワークスは上海国際博覧会(上海万博)会場内のフィンランド・パビリオンで2010年5月17日に開いた記者発表会にて、2010年内に中国で3000人もの研究開発人員を新たに雇用する計画を明らかにした。同社の世界における研究開発の中心は中国が担うことになっていく。

写真1●エリクソンの上海R&Dセンター。上海中心部から車で30分ほど走ったところに位置する。現地雇用の社員を中心に1000人ほどの陣容を誇る
写真1●エリクソンの上海R&Dセンター。上海中心部から車で30分ほど走ったところに位置する。現地雇用の社員を中心に1000人ほどの陣容を誇る
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 スウェーデンの大手通信機器ベンダーであるエリクソンも、中国における研究開発の規模を急拡大している。2008年に1000人程度だった研究開発人員を、2010年に約3000人へと拡大した。

 なぜいま、グローバルな通信機器ベンダーは中国での研究開発を拡大しているのか。エリクソン上海R&Dセンターのオーリヤン・エリクソン所長は、「中国では世界でもトップクラスの大学を卒業する工学系の学生が毎年60万人もいる。費用対効果も高く、グローバルな製品を効率的に研究開発するのに中国は適した環境」と語る(写真1)。さらに、中国発の技術の影響力が世界的に高まっていることと、中国市場向けの製品を迅速に出荷するためには現地で開発することが効率的であることを、その理由として挙げた。

若い中国人技術者が世界を舞台に鍛錬される

 エリクソン上海R&Dセンターは、同社が初めて中国に設けた研究開発拠点である。マルチメディアや通信事業者向けコア・ネットワークに関する技術を中心に研究開発をしており、同社が中国国内に5カ所設けているR&Dセンターの中でも最大規模の、およそ1000人もの陣容を誇る。97%は現地採用であり、75%は35歳以下という若い力が集う環境でもある。前述のエリクソン所長は、「昨年は米モトローラや上海アルカテルベルの中国の研究開発機関に勤めていた経験者も、積極的に採用した」と明かす。

 この言葉から読み取れることは、中国の研究開発拠点には優秀な人材がそろいつつあるという事実だ。中国という国にグローバルに活躍する通信機器ベンダーが引きつけられ、中国のエンジニアたちは世界を相手にしたプロダクトを研究開発できる。そんな経験を積んだエンジニアが中国に増えているわけだ。業績が悪化した企業から人材を雇用するという市場も形成されつつある。

 エリクソン所長は、「中国で研究開発の雇用を進めることには、中国との関係を密接にする狙いもある」と加える。同社のような海外ベンダーからすれば、政府が強い主導権を握る中国でビジネスを円滑に進めるためには、政府との関係強化が欠かせないのである。

 一方で中国政府から見れば、グローバルな通信機器ベンダーが中国国内での採用を増やすことは、雇用創出と研究開発力向上の両面でメリットがある。つまり、海外ベンダーとWin-Winの関係を築きつつ、中国政府は海外ベンダーをしたたかに“手元”に呼び込んでいるわけだ。