実際のところライフログは、まだ実証実験レベルであり、本格展開されているわけではない。だから、そのプラットフォームについて、現段階では具体的に全体像を語るのは時期尚早である。ただ、ライフログ分野で今特に注目されているトピックに焦点を絞り、そこでどのような競争が行われているかを考えることで、今後のライフログプラットフォームの姿をある程度予測・分析できる。ここでは、米国を中心に大きな盛り上がりをみせている「医療ライフログ」を取り上げ、将来のライフログプラットフォームを展望する。



ITジャーナリストの佐々木俊尚氏
ITジャーナリストの佐々木俊尚氏
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 最初に、一つ重要な研究プロジェクトを紹介しておこう。米マイクロソフトの「MyLifeBits」だ。このMyLifeBitsプロジェクトを指揮したゴードン・ベル氏は、1990年代後半から、自身のライフログを収集し始めた。ベル氏はこの体験を著書『TOTAL RECALL』にまとめている。同書によれば、ベル氏がライフログの収集を始めたきっかけは、健康への不安だったという。

 ベル氏は非常に体が弱く、たびたび病に倒れていた。何度も生死にかかわる重篤な病状に陥る中で、自分がいつどのような原因で病気を発症しているのかを正確に把握したいという気持ちが強まった。そこで、毎日の食事、運動量、行動などをすべて記録し始めた。すると、過去の特定の行動が病気の発症に関係していることが見えてきたという。膨大な行動データを蓄積し、食べたもの、目にしたもの、体の動きなど様々な要因の干渉を分析していくと、それらが最終的に自分の体に与える影響を推し量ることができるという気付きを得た。このことが、ベル氏をライフログへ開眼させたと同書で述べている。

ライフログビジネスの台頭

 Web2.0という言葉が登場した2000年代半ばころから、ライフログはビジネス用語として使われ始めた。この背景には二つの要素がある。一つはデータベースの巨大化だ。Web関連サービスベンダーのデータベースには従来、EC(電子商取引)ビジネスのサーバーに蓄積される購買履歴、Webメールサーバーに蓄積されるメッセージデータなど、膨大な量のデータがまとまりなく積み上げられてきた。さらにこうしたデータは、放置しておくとどんどん膨張する。

 最初に述べたベル氏の例にあるように、膨大なデータを分析すると、物事についてある程度の傾向を把握できる。マーケティングの観点からは宝の山かもしれない。そこで、この大量のデータをどう利活用するかに注目が集まってきた。

 もう一つの要素は、インターネット広告の進化である。インターネット広告ビジネスは1990年代後半に始まり、初期はバナー広告、その後検索連動型広告やコンテンツマッチ広告などのマーケティングモデルが登場した。

 このうち検索連動型広告が大成功し、米グーグルは1兆円企業に成長したわけだが、それ以降、テクノロジー広告の分野では、広告効果を高めるための決定的な材料がなかなか出てこない。そんななかで期待されているのが、マスではなくターゲティングした広告。よりマッチング精度の高いテクノロジー広告のモデルに対する期待感がますます盛り上がっている。その基盤になるのがライフログだ。今までの検索連動型広告やコンテンツマッチ広告といわれるような、いわゆるターゲティング広告の分野で最大のブレークスルーになる可能性があると目され、それが今のライフログに対する期待感につながっている。

電子政府構想は官民共用のライフログプラットフォームだった

 ここで、ライフログプラットフォームの課題にいくつか触れておきたい。まず日本国内におけるアイデンティティー(ID)管理について説明しておこう。ID管理はライフログ利活用の最大の論点となるからだ。

 日本政府は、将来的にライフログをマーケティングだけでなく社会インフラとしても普及させたいとしている。いわゆる電子私書箱構想だ。この構想を実現するには、国民一人ひとりにユニークなIDを付与して、民間行政を含めて様々なところに散在している個人情報を本人にひも付けることが必要になる。

 これまで日本には、行政サービスに限っても、個人情報を本人にひも付ける方法がなかった。例えば運転免許証、戸籍謄本、住民票、納税記録、年金受給記録などのデータは、税務署や社会保険庁、自治体や警察署でそれぞればらばらに管理されている。このことは昔から問題視されていたが、解決されないまま放置され、結果的にあの年金記録問題が発生してしまった。

 年金記録問題が明るみに出て以降、政府内では国民に共有IDがないことの問題が危機感を持って話し合われ、これが国民電子私書箱構想に結実した。自民党政権下の話だ。