写真1●NHKが考える放送・通信連携
写真1●NHKが考える放送・通信連携
[画像のクリックで拡大表示]

 日本放送協会(NHK)は、毎年恒例となっている最先端の放送技術を紹介する「技研公開2010」を5月27日から4日間開催した。NHK技術研究所では、5年以内の実現を目標に、放送・通信融合時代を先導する技術の研究・開発を進めている。今回の技研公開では、放送と通信を連携させることで、よりよいサービスを提供するための放送・通信連携サービスプラットフォーム「HybridCast」技術と、このプラットフォームを利用し、テレビを中心に新たなライフスタイルを提案する放送・通信連携サービスのデモを実施した(写真1)。また、5月28日には「技研における放送・通信連携への取り組み」と題した講演を行った。今回は、NHK技研公開を通して、NHK技術研究所が開発を進めている放送・通信連携技術の考え方や方向性について取り上げる。

 NHKは、NHKへの接触率向上を目標の1つとして、2009年からの3カ年の経営計画「平成21年~23年度 NHK経営計画」に沿った取組を進めている。この経営計画では、放送・通信連携に関する方針として「放送・通信融合時代の新サービスで、公共放送の役割を果たす」と打ち出している。この経営計画に沿って、NHKオンデマンド(2008年12月から開始)やNHK全国学校音楽コンクール・ブロックコンクールのパソコン向けP2Pライブ配信(2009年夏)、バンクーバーオリンピックの放送予定が無い競技のパソコン向けストリーミング配信(2010年2月)、さらに2010年1月からはNHKの国際放送をiPhone向けにストリーミング配信するサービスなど、テレビ・パソコン・携帯端末の「3-Screens」展開への取組を行っている。

1980年代に描いていたイメージが原点

写真2●NHK放送技術研究所・次世代プラットフォーム研究部の加藤 久和 部長
写真2●NHK放送技術研究所・次世代プラットフォーム研究部の加藤 久和 部長
[画像のクリックで拡大表示]

 NHK技術研究所が取組む「放送・通信融合時代を先導する技術の研究・開発」の原点は、「1980年代に研究を開始したISDB(総合デジタル放送)にさかのぼる」とNHK放送技術研究所 次世代プラットフォーム研究部 部長の加藤久和氏は振り返る。その当時描いていたサービスのイメージでは、通信を利用した双方向の概念は含まれてはいなかったが、「現在ではインターネットで配信されている電子新聞やファクシミリなどを衛星放送で配信するという内容が含まれていた(加藤氏)」と説明する(写真2)。

写真3●NHKにおける放送と通信を連携するサービスの進化
写真3●NHKにおける放送と通信を連携するサービスの進化
[画像のクリックで拡大表示]

 ISDB技術の研究が進み、2000年12月に開始したBSデジタル放送では、BSデジタル放送受信機に電話モデムが搭載され、データ放送の双方向サービスを開始した。2003年12月には東名阪で地上デジタル放送が開始され、地上デジタル放送の受信機には標準でイーサーネットの通信機能が搭載された。これにより、常時接続されたインターネット回線で、広帯域で大量のデータを扱うことができるようになった。そして、2004年4月には通信を利用するNHKデータオンラインを開始した。これにより、放送で提供することが難しい、視聴地域に特化した地域情報や緊急避難情報など、視聴者にきめ細かい情報を提供することができるようになった。その後、2006年4月にワンセグが始まり、2008年12月からはNHKオンデマンドが開始された。つまり、放送・通信連携サービスは、デジタル放送開始当初はナローな通信機能を利用した双方向通信からはじまり、通信技術の進化・発展に伴いブロードバンド化されたネットワークを伝送路として活用したサービスへと進化してきた(写真3)。

放送サービスはハイブリッドメディアへ進化する

 海外の状況を見ると、ブロードバンドの発展とともにハイビジョン番組を放送ではなく通信を利用して配信できる時代になってきたことで、ネットワークで提供されている様々なコンテンツをテレビで視聴する動きが加速している。例えば、米国で展開するテレビメーカーは、テレビでインターネットを利用できるサービスを展開している。パナソニックは、インターネット上のコンテンツをテレビで利用できる「VIERA CAST」、ソニーは「BRAVIA Net Channel」を提供している。さらに、ソニーは Google TVプラットフォームベースの「Sony Internet TV」の開発を進めている。

 放送業界においても同様に、放送と通信を融合したハイブリッドメディアに向けた取組が行われていると加藤氏はいう。例えば、米国では、ATSC 2.0というモバイルを中心としたハイブリッドメディアの展開を検討している。また、欧州では、英BBCや英BTなどによりテレビ上で動作するWebアプリを利用したVODサービスやダウンロードサービスを提供する「Project CANVAS」というプロジェクトにおいて規格の検討が進められている。さらに、EBU(欧州放送連合)を中心にケーブルテレビ事業者や独IRT(ドイツ放送技術機構)、放送衛星事業者などの放送関連企業が参加する「HbbTV(Hybrid Broadcast Broadband Television)コンソーシアム」が、欧州域内における放送とブロードバンド通信を融合し、消費者に放送とインターネットをシームレスに提供するためのHbbTVの標準規格化を策定し、ガイドラインの策定が行われている。

 このような状況から加藤氏は、「放送サービスは、放送に加えてこのブロードバンドネットワークも利用可能なハイブリッドメディアになる」と述べ、「NHKとしてもこのようなハイブリッドメディアの世界を作り上げていく必要がある」と放送・通信連携サービスの早期実現の必要性を強調した。

放送・通信連携プラットフォーム「HybridCast」とは

 昨年のNHK技研公開では、デジタル放送のデータ放送とNHKが2008年12月からサービスを開始した「NHKオンデマンド」と連携する放送通信連携IPTVサービスの提案を行った。そして、この提案した機能は、その後IPTVフォーラムで規格化され、その第1弾としてデータ放送画面からIPTVサービス(VODサービス)へ遷移するIPTV連携機能がARIB標準規格に採用、既報の通り2009年12月からデジタル放送のデータ放送画面からNHKオンデマンドのサイトへ遷移する放送・通信連携IPTVサービスの提供を開始している。

 今年の技研公開では、この放送・通信連携をさらに進化させて放送サービスを強化する基盤としてのプラットフォーム「HybridCast」を提案した。つまり、デジタル放送から通信を利用して、視聴者個別の要求に応える情報を提供するテレビセントリックな(TVを中心とする)放送通信連携サービスを提供する。

 加藤氏は、このHybridCastの基本的な考え方について、「放送波の役割である同報性、高品質、信頼性は引き続き重要だが、加えて通信機能を活用することで視聴者からの意見の活用や放送にあわせてストリーミングで関連コンテンツを提供するなど、現行の放送では困難なサービスを実現するための技術的な基盤」と説明する。そして、「放送で送られている番組のタイミングと通信で提供する番組付加情報のタイミングを同期させて受信機で提示する同期再生技術」「ユーサーの情報を活用して、コンテンツを管理し、効率的に配信する技術」「携帯端末とテレビを結びつけることによって、より有効な活用がてきる携帯端末連携技術」「コンテンツの権利保護や視聴者の個人情報保護といったセキュリティ技術」などがHybridCastプラットフォームを研究する上で重要であり、必要となる技術だと説明する。