社内向け開発標準の整備を手掛けるNECソフトの増田浩氏(生産技術部 経営品質推進シニアエキスパート)は,たびたび発生する赤字プロジェクトに危機感を募らせていた。プロジェクト計画に作業の抜け・漏れがあり,それが引き金となって赤字プロジェクトに陥るケースが目立っていたからだ。

 例えばあるプロジェクトでは,当初の計画において移行時のマスター・データの作成作業が漏れていた。担当するプロジェクト・マネージャ(PM)は,ユーザー側で用意するものと考えていたのだ。移行フェーズに入って,PMがマスター・データの作成をユーザーに尋ねると,「こちらの予定にそんな作業はなかった。てっきりそちらがやるものと思っていた」という答えが返ってきた。結局,ベンダー側で追加メンバーを投入して難局を乗り越えたが,新たな人件費が発生し,コスト超過に陥った。

 増田氏は「実施すべき作業内容を規定したWBS(Work Breakdown Structure)の不備が最大の原因。マスター・データの作成作業が書かれておらず,作業分担もあいまいだった」と振り返る。現在,WBSの不備を撲滅するために全力を挙げている。

「完璧なWBS作りは至難の業」

WBSに不備があるとプロジェクトが迷走する:メンバーが作業を進められない
WBSに不備があるとプロジェクトが迷走する:分担があいまいでトラブル発生
WBSに不備があるとプロジェクトが迷走する:本当のゴールにたどり着けない
図●WBSに不備があるとプロジェクトが迷走する
プロジェクトで作成する成果物などを基に,実施する作業を定義するのがWBS(Work Breakdown Structure)。プロジェクトをゴールに導く“道しるべ”と呼べるWBSに不備があると,プロジェクトはたちまち迷走する

 WBSの不備を原因とするプロジェクトの失敗は少なくない。多くのWBSを審査してきた富士通の武内英之氏(商談・プロジェクト監査部長)は「最近はパッケージ・ソフトの導入やインフラの再構築など,プロジェクトの内容が多様化している。前提条件や制約条件を考慮して抜け・漏れのないWBSを作るのは至難の業だ」と打ち明ける。成果物を詳細化して必要な作業を洗い出すWBSは,プロジェクトをゴールに導く“道しるべ”といえる。このWBSに不備があれば,プロジェクトはたちまち迷走する()。

 例えば,メンバーが作業を進められない事態を招く。作業の粒度が粗いと,何を作るのか,どんな作業をするのかが見えてこない。分担があいまいでトラブルが発生するケースも多い。特に要件定義や移行,教育など,ユーザーとベンダーが協力して進める作業でトラブルが発生しやすい。WBSには,担当者を明確にするという重要な役割もある。WBSが道しるべである以上,WBSに不備があれば本当のゴールにたどり着けない。ユーザーが求めているシステムを,限られたコストや期間で作るのが困難になる。

 難しいのは,WBSの作成について「定石」がないことだ。現場の知恵や工夫によって乗り越える必要がある。そこでこの特集では,作業の抜け・漏れをなくすWBSの作り方を探った。

 Part1では,WBSの作成がどれほど難しいのかを検証する。続くPart2とPart3では,その難しさを克服するための現場のテクニックを取り上げる。そしてPart4では,たくさんのWBSをレビューしてきた専門家に,作成後のチェックポイントを解説してもらった。