本研究所では、クラウドコンピューティングについて、モバイルソリューションの観点から企業の情報システムを考えます。これまでは経営者やユーザーの観点から、クラウドの価値や本質、クラウド導入に積極的な企業の条件、コラボレーションの大切さ、IT部門の意識変革やクラウド化すべき業務、そして発展的な未来像などについて言及してきました。今回は、モバイルクラウドに対し大手アプリケーションベンダーがどう取り組んでいるのかを研究してみます。

「Not so HIGH」と「融合」の時代に

 前回の記事に対し、筆者の元には多くの意見が寄せられました。「クラウド化に取り組む前に将来像を語ってどうする」「早期にクラウド化に取り組むべきだ」など賛否両論です。これば大いに歓迎すべき出来事です。これまで、それほどまで真剣に考えられていなかったクラウドへの取り組みが、より一般化してきたことの表れだとも言えるでしょう。

 「モバイルクラウド」という当研究所が掲げるキーワードも、本連載開始時は誰も言及していませんでしたが、最近では総務省における議論や種々のブログなどでも目にするようになりました。モバイルを前提としたクラウドの方向性と時代の流れが呼応するようになってきたのでしょう。

図1●「Not so HIGH」なIT環境に向かう
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 当研究所ではこれまで、モバイルクラウド時代のキーワードとして、「オープン」「ソーシャル」「マッシュアップ」「コラボレーション」などを掲げてきました。これらはいずれもモバイルクラウド時代に必須の着眼点です。さらに今回は「Not so HIGH(非“高”機能、非“高”品質、非“高”価格)」と「融合(コンバージェンス)」を加えたいと思います(図1)。

 高機能・高品質は良いことです。しかし、それをかざした情報システムやアプリケーションのあり方が重要な時代ではなくなってきていることに言及したいのです。それは今回研究する大手アプリケーションベンダーの取り組みにも顕著な方向として現れています。

 グローバルな業務アプリケーション大手といえば、独SAPと米オラクルが挙げられます。これら2社は、財務・会計・販売・物流・CRM(顧客関係管理)といった領域で、それぞれの産業特性を踏まえた、扱いやすくコンプライアントな業務システムやデータベースを提供してきました。

 主に大企業に向けたソリューションが中心でしたが、近年はSMB(中堅・中小企業)向けの製品も取りそろえています。企業のIT担当者からは、エンタープライズアプリケーションの会社として十分に認知されていることでしょう。

米オラクルや独SAPが“モバクラ”対応に動く

 しかし、両者の最新ソリューションは、これまでの業務アプリケーション領域から、上述した「モバイル」「クラウド」「オープン」「ソーシャル」「マッシュアップ」「コラボレーション」といったキーワードを満たす領域へと変化しつつあるのです(図2)。

図2●大手ベンダーが掲げるアプリケーションの方向性
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 オラクル関係者にヒアリングすると、例えばOracle DBについては、これまでにもCTI機器などの大型機器において組み込みソリューションに対応してきた経緯があります。現在は、Android上でも動作するデータベースの提供を始めています。Androidを搭載したスマートフォンをはじめとする機器とサーバー上のOracle DBの連携ビジネスが広がることを見込んでの活動です。前回紹介した、将来起こりうるP to Pトレンドを狙っているのかもしれません。

 一方のSAPにおいても、モバイル向け、クラウド向けソリューションの開発・導入がグローバルレベルで取り組まれてきました。さらに、2010年5月12日には、データベースベンダーの米サイベースを約58億ドルで買収すると発表しました。サイベースが持つモバイルプラットフォーム技術を利用し、モバイル向けソリューションの提供を加速化し、インメモリーコンピューティング構想を推進するとしています。