筆者は、2010年1月27日に米国サンフランシスコで開催されたiPadの発表会に参加し、iPadに触れられた数少ない幸運な一人として、その後数カ月にわたって各地で講演してきた。面白いのが、講演前のiPadの評価が2つにキッパリ分かれることだ。一方は、iPadのスペックシートだけを見て、「ただのデカいiPhoneじゃないか」とガッカリしている人たち。もう一方が、「これはすごいことになりそうだ」と興奮している人たちだ。

 確かに、iPadのスペックだけを見たら、それほどすごい製品と思えないかもしれない。それでもiPadが売れているのは、スペックシートではわからない「体験」を提供し、人々を感動させているからだ。その「体験」を生み出すiPadの魅力とそれを生むアップルのものづくりの姿勢を紹介しよう。

解像度はキンドルやノートPCより低い

写真1●写真を次々と表示するアプリ「the Guardian Eyewtiness」
写真1●写真を次々と表示するアプリ「the Guardian Eyewtiness」
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 iPadの魅力の一つは、その画面の大きさと美しさだ。筆者のお気に入りiPadアプリの一つに、「the Guardian Eyewtiness」(写真1)というアプリがある。プロのフォトジャーナリストの写真を、次々と表示するだけのアプリだ。プログラム技術的には単純で、驚く要素はない。だが、プロの写真家の息を飲むような写真が毎日、無料で追加される。見た人はその写真のきれいさに驚き、続いて、それを映し出しているiPadの画面のきれいさに驚かされる。

 面白いのは、ここで言うiPadの画面のきれいさというのが、いわゆる高精細からくるきれいさとは別ものであるということだ。実はiPadの画面の解像度はそれほど高くはない。iPadの液晶画面は9.7インチに1024×768ドットの解像度で、132ppi(1インチあたり132ドット)という画面密度で映像を描写する。一方、アマゾンの電子ブックリーダーの「Kindle DX」は同じ9.7インチの電子ペーパーという異なる白黒のディスプレイ技術ながら、1200×824ドットの150ppiとより高解像度になっている。iPadより少しだけ大きい10.1インチワイド液晶搭載ノートパソコンでは、1366×768ドットという解像度が一般的だ。このときの画面密度もやはり155ppiとiPadを大きく上回っている。

 他のメーカーがiPadのような機器を作ったら、似た画面サイズだとしても、もっと高解像度の液晶にしていたか、同じ解像度でもっとコンパクトな画面にしていたかもれない。そのほうが高い技術力を発揮したつもりになれるからだ。しかし、iPadの画面に映し出される写真は、そうした高精細なライバル製品以上に人々の心を打つ。

 一体なぜだろうか?

 その秘密は、画面の明るさや、色のきれいさ、そして視野角の広さ(どんな角度から見てもきれいに見えるということ)にありそうだ。人々が量販店などでパソコン用ディスプレイを選ぶときは、ついスペックシートの解像度に目がいってしまうが、実際に人々の心を動かすのは、画面の大きさや明るさ、発色の良さ、そして表示される映像のスピードの速さのほうなのだ。

 他メーカーがスペックシート上の優等生を目指す中、アップルは最上の体験を追求する「ものづくり」を行ってきたのだ。iPadの画面は決して高密度ではないかもしれないが、それでも十分、HD画質に近い品質の映像を表現できる解像度はある。アップルはそこからさらに高い解像度を追求するよりも、全体のバランスを考えた。そして、実際に使う人がどう感じるかを、十分に考察し、液晶の明るさや発色の良さ、そして斜めからのぞき込んでも色合いが変わらない広視野角のほうが重要だと判断したのだ。