鵜川 正樹=監査法人ナカチ 公認会計士
現在の官庁会計では、地方自治体の財務業績を民間企業レベルで把握することは困難である。
多くの自治体は、「総務省方式」のモデルにより官庁会計を組み替えて財務書類を作成している。しかし現状では、そのルール(会計基準)が複数存在しているほか、財産台帳が未整備であるために財務書類の信頼性や比較可能性に課題がある。
公会計改革の必要性とは
政府・自治体会計への複式簿記・発生主義会計[注1]の導入は、多くの先進国では広くいきわたっている。一方日本国内では、単式簿記・現金主義会計[注2]を義務付けた会計法や地方自治法に基づく現行法制度などが支障となり、いまだ本格導入への道のりは遠い状況にある。
英国、オーストラリア、ニュージーランドなどでは、資源管理の効率性を目的として、予算、決算および財務報告に発生主義会計を導入し、財政規律、業績評価、マネジメント改革のツールとして活用している。米国では、議会による民主的な統制を重視して、予算は現金主義のままで、決算と財務報告に発生主義会計を導入している。欧州大陸では、フランスが国際公会計基準[注3]を導入して、予算制度改革、公会計制度改革、業績評価による行政管理改革を一体的に進めている。
日本国内の地方自治体では、2000年度(平成12年度)に総務省が「総務省方式」のバランスシートの作成マニュアルを公表してから、多くの自治体が決算統計をベースにした貸借対照表と行政コスト計算書(企業会計の損益計算書に相当)の2表を作成するようになった。
総務省方式の書類作成は市区町村で6割弱
総務省は、「簡素で効率的な政府を実現するための行政改革の推進」のため、貸借対照表などの財務書類の整備に関して情報の提供と助言を行っている。地方公共団体に対しては、2009年度(平成21年度)中に「新地方公会計モデル(基準モデル及び総務省方式改訂モデル)[注4]」を用いた連結財務書類(平成20年度版財務書類)の作成を要請している。
総務省の2009年(平成21年)3月の調査によれば、2008年度(平成20年度)版財務書類の作成見込みは、表1の通りである。財務書類の整備については、すべての都道府県と政令指定都市のほか、政令市を除く市区町村1782団体中、1642団体(92.1%)が、何らかのモデルによる作成を見込んでいる。

そのうち新地方公会計モデルによる作成を見込んでいる団体は、都道府県が44団体(93.6%)、政令市18団体(100%)、政令市以外の市区町村1497団体(84.0%)である。さらに新地方公会計モデルにより連結財務書類4表(貸借対照表、行政コスト計算書、純資産変動計算書、資金収支計算書)を作成する見込みの団体は、都道府県44団体(93.6%)、政令市18団体(100%)、政令市以外の市区町村が1047団体(58.8%)である。
総務省の新地方公会計モデル(基準モデルおよび改訂モデル)の特徴は、将来的には複式簿記の導入を目指しているが、当面は、決算統計という既存のデータに基づいて容易に財務諸表を作成できることである。主な目的は、無駄な資産を売却して債務を減らす「資産・債務の改革」であり、ストック情報とコスト情報について自治体間で比較できるようにすることである。
総務省の新地方公会計モデルは、多くの自治体に浸透してきており、ストック情報やコスト情報の必要性が認識されてきている。しかし、この財務諸表は決算統計を組み替えたものであり、固定資産台帳の整備は進んでいない自治体が少なくない。このため、財務諸表の信頼性や比較可能性には課題があり、財務諸表の活用は十分とは言えない面がある。
会計基準の統一と固定資産の把握が急務
財団法人日本生産性本部が実施した「地方自治体の新公会計制度の導入状況及び財政状況に関するアンケート調査」(2009年12月)によると、次の問題点が指摘されている。
(1)財務書類の作成モデルが複数存在し、統一されていないために、他団体との比較が難しい。
地方自治体での各作成モデルの採用比率は現在、「総務省方式」が10.5%、「基準モデル」が8.3%、「総務省方式改訂モデル」が73.3%、「独自方式」が1.0%である。どのモデルを選択するかは各自治体の判断によるため、各自治体が公表する財務書類を横並びで比較するのが難しい。
(2)6割以上の団体で固定資産台帳が電子化されておらず、約7割の団体で有形固定資産の取得時の金額の情報がない。このため、資産を正確に把握できていない状況である。
加えて、固定資産台帳の整備時期については半数以上が「未定」と答えている。そのため、多くの団体では財務書類を資産債務改革に役立てるのが難しい状況である。
(3)有形固定資産の評価方法は、約8割の団体が過去の決算額の積み上げであるため、財務書類上の有形固定資産額は実態とは異なっている。
過去の決算額の積み上げに使用するデータ(決算統計)は、1969年度(昭和44年度)以降に作成されており、取得時の有形固定資産の情報しか把握できない。つまり、1968年度(昭和43年度)以前の情報や、1969年度(昭和44年度)以降の除売却資産や譲渡で取得した資産については把握できていない。
この調査結果から、地方自治体の公会計基準の統一と固定資産の整備が、喫緊の課題であると言える。