21世紀に入ってから日本企業の元気がなくなり、また、信じられないような品質不良や不祥事を起こす企業が増えてきた。この現状を、著者が「経営の精神」と呼ぶ「企業で働く人々の内面から人を律し、動かす心構え」の劣化によって説明し、また、元気や品質を取り戻す処方箋を説いた一冊。

 著者によると、経営の精神には3種類がある。社会や職場のルールや約束を守り、真剣に仕事に取り組もうとする勤勉さや克己心である「市民精神」、何ものかを追い求め、様々な障害を克服しても志を成し遂げようとする精神や強靱な意志である「企業精神」、そして利益にこだわり、そのために合理的判断を働かせようとする精神を言う「営利精神」である。

 経営の精神の劣化は、この三つの精神にゆがみが生じてしまったことにより起こっているという。興味深いのは、元来日本企業では経営層では企業精神が、現場では市民精神が重視され、そしてミドルには営利精神が重視されることによるバランスが取れていたが、そのバランスが崩れてきたという指摘だ。

 この指摘をIT業界で考えてみると、経営トップは新しいことに取り組む覇気に欠け、従業員は自ら汗をかこうとしない。にもかかわらず、組織としては数字を追い求め、その責任の前面に立つミドルマネジャーは働けど成果を出すことができないといったところである。思い当たる企業は多いのではないだろうか。

 劣化した経営の精神を復興するための方法として著者が提案するのは、(1)厳しい競争がある市場に参入する、(2)事業を絞り込む、(3)経営の精神を可視化する、(4)経営者が自信を回復する、(5)従業員のコミットメントを高める、(6)企業統治を再改革し、営利精神を健全化する、(7)経営教育を見直すの七つである。IT企業において深刻な問題は企業精神の劣化と、市民精神の劣化であると思われる。本書は(1)や(2)の方策を考えるとともに、(5)に取り組み、市民精神の復興を示唆してくれる。

評者:好川 哲人
神戸大学大学院工学研究科卒。技術士。同経営学研究科でMBAを取得。技術経営、プロジェクトマネジメントのコンサルティングを手掛ける。ブログ「ビジネス書の杜」主宰。
経営の精神

経営の精神
加護野 忠男著
生産性出版発行
1890円(税込)