グーグルやアマゾンが提供するサービスをはじめ,パブリック・クラウドでは,事業者独自のファイル・システムや分散処理技術を駆使していることがある。基本的にこれらのクラウド・サービス上で使われるAPIは,他の事業者のクラウド・サービスとは互換性がない。

 これらのクラウド・サービスは話題性はあるが,実際には企業の基幹業務などへの採用は進んでいないため,互換性の欠如はまだ企業ユーザーの間で問題視されていない。ただこの先も,独自仕様のままだと,将来的に問題につながる可能性がある。例えばあるクラウド事業者がサービスを停止した場合,他のクラウドに移行できず,事業の継続が困難になる恐れがある。

 そこで重要になるのが標準化である。ベンダーのロックインを防げるだけでなく,認証やログ情報を連携させれば利便性やセキュリティを高められる。災害時などにクラウド間でリソースを融通し合えれば,より信頼性を高められるというメリットも出てくる(図1)。

図1●クラウド標準化のメリット<br>クラウド間でアプリケーションを移植しやすくなるほか,クラウド間でリソースを融通し合うことで,災害時の信頼性をより確保できるようになる。
図1●クラウド標準化のメリット
クラウド間でアプリケーションを移植しやすくなるほか,クラウド間でリソースを融通し合うことで,災害時の信頼性をより確保できるようになる。
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同時並行で標準化が進む

 クラウドの標準化は2010年に入ったころからにわかに活発化してきた。特に下位層に当たるIaaS部分のAPI仕様の策定や,クラウドのセキュリティ確保の方法などが,複数の団体により同時並行で進められている。

 例えばIaaSの分野では,米サン・マイクロシステムズやマイクロソフトが参加する「OGF」(Open Grid Forum),米ヴイエムウェアや富士通などが参加する「DMTF」(Distributed Management Task Force)といった団体が活発に活動中だ。これらの団体は既に要件定義書やホワイトペーパーなどを公開している(表1)。

表1●主なクラウド標準化団体
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表1●主なクラウド標準化団体

 もとは他の分野の標準化を進めていた団体がクラウドに接近するケースもある。例えばストレージ・ネットワークの標準化団体「SNIA」(Storage Networking Industry Association)は,クラウド・ストレージのデータ・アクセスや管理インタフェースの標準化を目指している。この2月にはCDMI(Cloud Data Management Interface)と呼ぶクラウドのストレージ・インタフェース仕様の初版を公開している。

 クラウドのセキュリティに関しては,米マカフィーやマイクロソフト,ヴイエムウェア,グーグルといった主要企業が参加する「CSA」(Cloud Security Alliance)の動きが注目を集めている。このほかITU-TISO/IECといった古くから存在する標準化機関も,クラウドに向けた動きを進めつつある。なおPaaSやSaaSは,事業者間の競争のエリアという認識が主流で,ほとんどの団体でフォーカスに入っていない。

 2009年7月には,各団体が横連携を取るための「Cloud Standards Coordination」という連絡会議も始まった。,「OMG」(Object Management Group)という団体が呼びかけた。日本からは総務省の後押しで立ち上がった「グローバルクラウド基盤連携技術フォーラム」(GICTF)が上記のような各団体に参加し,日本が目指す標準の要件についてコミュニケーションを取っている。

クラウドの標準化はまだ過渡期の段階

 多数の標準化団体がそれぞれの仕様を出し合っていることから分かるように,クラウドの標準化はまさに過渡期の段階と言える。

 3カ月に1度開催されているCloud Standards Coordinationの連絡会議も,「現在は情報共有の場であり,まだ各標準化団体の仕様を共通化しようという段階ではない」(Cloud Standards Coordinationに参加するNTT情報流通プラットフォーム研究所の坂井博企画担当主幹研究員)という。

 さらに,数多くのクラウド関連の標準化団体には,アマゾンやセールスフォース・ドットコムなど,大手どころのクラウド事業者は参加していない。既に多くのユーザーを抱えるクラウド事業者にとってみれば,標準化を進めるメリットは少ない。自社で抱えるユーザーが他の事業者に流出しかねないからだ。

 各団体では「現段階で過度の標準化はイノベーションを阻害する恐れがあり時期尚早」(坂井研究員)という声も多い。今は,クラウド自体がイノベーションを起こしている真っ最中。このため,技術を限定するような標準化ではなく,要素技術が多数あることを前提とした“ゆるやかな標準化”を求める傾向にあるという。

 各団体の力関係が流動的であることから,クラウドの標準化の動きは先が読みにくい。ただ坂井研究員は,「この先2~3年のうちに,標準化の動きは加速するのではないか。仕様の共通化は,標準化機関以外の動きを起点とする場合もある」とする。

 例えば各国の政府が検討している政府システムのクラウドの調達条件がきっかけとなり,各標準化団体の仕様がまとまる可能性がある。米国や英国では政府のシステムをクラウド化しようという動きが進んでいる。日本でも省庁のシステムをクラウド化する「霞が関クラウド」の取り組みが進んでいる。これらの巨大な調達案件が,仕様統一のきっかけになる可能性がある。